1 科学的データと経験及び安心の関係
一般的な加熱と冷却を列挙してみると表のようになる。
そして、この中のよく採用されている加熱温度と時間をいくつか選んで、殺菌温度と時間の表にプロットしてみると、ちょっとおかしなことになる。
右下に向かって下がっていく直線は、殺菌できる温度と時間の一般的相関のイメージラインで、このライン上に代替並んでいれば「まあ、そんなものだろう」と数値では納得するが、62.7から85までの6つを選んでそれぞれの座標に入れてみると、イメージラインとは全く違ってしまう。
科学的データからすればイメージラインになるのだが、実際に製造で採用しているCCPの範囲は、科学的な安全範囲ではなく、もう少し余裕を見て決めているところがほとんどだ。安心が加わっているのだ。
また、公的に言われている数値でも、例えば75℃1分は、実際にはかなり安心度を加えたものだ。
美味しさを重視すると、ここまで加熱するとかなり失われてしまうということで、72℃達温、を採用している所も多い。
2 出荷先によって温度と時間を変えているメーカー
75℃1分と、72℃達温では、かなり違う。味も違ったものになる。もちろん72℃のほうがジューシーで、柔らかく、重量も多い、つまり歩留まりが良い。
なら、72℃達温に全てすればいいのに、となるかもしれないが、そうは行かない。
加熱ごと冷却のスピードで違ってくるし、この2つの温度と時間のものを同じ冷却スピードで行ったとしても、賞味期限が違ってくる。
ハム、ソーセージでよく言われている最低の加熱温度は、63.3℃で30分だが、実際にはやはり怖いので65℃30分にしているところが多い。こうなると、75℃1分との違いは更に大きくなる。
出荷先によって温度と時間を変えているメーカー
ハム・ソーセージでも、惣菜でも、加熱調理製品について、同じアイテムでも、出荷先によって温度と時間の設定を変えているところは多い。
あるハム・ソーセージの事例では、
・一般小売店向けの製品は、75〜90℃。
・スチコンやコンベアオーブンで温度と時間管理で調理して提供しているチェーンレストラン向けは、72〜80℃。
・自社の直営レストラン向けで、教育訓練されて力量管理された担当者が調理して提供しているところへは、65℃30分。
としている。
3段階にしているわけだ。
一般小売店向けは、一般消費者に行くわけなので、温度管理がかなり雑になる危険が大きいので、最も高い温度にしている。
しかし、直営レストランでは力量を持った人が厳重に管理しているので、最高品質の状態にしているのだ。
なので、その直営レストランに行って食べると、スーパーで購入する同じ製品でも味が全く違う。
3 悪いことが重なった複合の急速冷却の失敗
どのレベルの加熱にしても、その後の急速冷却が安定していないと安全性にブレが出る。
ブラストフリーザーやクーラー、真空冷却といった方法があるが、チラー水での冷却もよく行われている。
ある惣菜工場で氷を使った冷却を以前から行っていた。
パックされた製品を氷で冷やしたプールに入れて急速冷却する方法で長年行ってきたのだが、ある日この製品に異臭がするというクレームが来た。今までこんな問題はなかったので、顧客の感覚の問題だろうということで、真剣にすぐに追跡しなかったら、2日後からいくつも同じクレームが出てきた。
これは大変だということで慌てて同じロットを回収したら、わずかに異臭というパックがいくつか出て来た。
細菌検査すると、悪いデータだ。
そこで原因を探ったところ、時間はかかったが、冷却工程だとなった。
この日の製造量は平常よりかなり多かった、たまたまの大口注文と重なったからだ。
なので、氷水冷却の量も多い。それだけ氷も必要だ。
ところが、今まではいつもの製氷能力で問題なかったのだが、実はこの製氷能力はギリギリ対応できる量だったことがこの事故でわかったのだ。
この日、初めてギリギリの能力以上の氷が必要だったのに、今までそういうことがなかった為わからなかったのだ。
なんでわからなかったのかを考えたら、実に単純なことで、チラー水の温度の測定をいい加減にしていたからだった。
HACCPのCCPにはならないが、それに準ずるこの急速冷却では、チラー水の温度と浸漬時間が重要で、これはOPRPにするべきところでもある、ということにこの事故でやっと気がついたわけだ。
つまり、製氷能力と冷却する製品の量の複合危害になったわけだ。
改善は、製氷能力を上げるには装置そのものを入れ替えなければならないので、かなりの費用がかかる。その割には製造量がこの日のように急に増えることは今のところ殆どない。ならば、とりあえず冷却する量が多くなる場合は、コンテナに水を入れて冷凍庫で氷を作っておき、それを量に応じていくつか加える、という改善にした。量が多い日がある程度出てくる方向になった場合、製氷機を入れ替えることにした。
ここのOPRPは、
・チラー水プールの温度(3℃以下)
・冷却製品の投入温度設定と冷却時間
・このための検証を、10回冷却作業を行いそれぞれ一つのサンプルの破壊中心温度測定と、別のもう5パックの賞味期限を含めた細菌検査で行う。これで安全確認したあと、一ヶ月間ロット毎に破壊中心温度測定を行う。その後は半年に一度の破壊中心温度測定と賞味期限を含めた細菌検査、にすることにした。
4 更に美味しく直営レストランへの究極の工夫
さて、ソーセージは出来立てが美味しい。
できたてと言っても色々あり、究極の出来立ては、スモークハウスで調理して出て来たところだ。試食ということで熱いのを一本ちぎって食べると、小売店で買ったのを家に持ち帰って食べるのとは格段の違いだ。
そこで、直営や厳格な管理をしている店に出荷する場合、半生状態で出荷するやり方もある。(これは一般の製品にはならない、生と同じになるので)
方法は、スモーカーに入れ、表面にスモーク調理を短時間行って、中は生の状態でスモークを終了し、出したらすぐに急速冷凍してしまうのだ。
そして「生ソーセージ」として出荷することになる。とはいっても、見た目に表面は加熱されているので、一般の生ソーセージと同じように出荷すると、見た目で加熱されているとなってそのまま食べて事故になる危険があるので、扱いがしっかりわかっている直接出荷のところにしか出荷できない。
これを見せで加熱すれば、スモークフレーバーが付いていて、生から加熱した状態にもなるので、味は最高になるわけだ。
5 力量問題で起こった冷却と加熱の失敗事故
弁当惣菜を製造しているある工場で、十数人が常に仕事をしている事業所に出荷したカレーで食中毒事故が発生してしまった。
この形態は、ご飯を保温ジャーで、カレーは寸胴鍋で、加熱した状態で昼前に納品する。職員はご飯とカレーを自分でよそって食べるわけだ。月に2〜3回のこのメニューはとても人気だった。
ある日のこのメニューの納品のあと、食中毒事故が出た。全員が食べたカレーが原因で、芽胞菌ということだった。
それまでこういった問題は全く無かった。煮込みのカレーで、加熱して納品しているので、そんな問題はあるはずがない、と、食中毒など考えもしなかった。
なにかの間違いではないか? と驚愕の中で調べてみたら、とんでもないことをやったことがわかった。
6 力量問題で起こった作り置きの事故
このカレーメニューの納品の仕組みはこの事故があったところだけでなく、いくつもの納品先で行っていたのだが、長年この人気のメニューを行ってきた間に、その日調理したのをすべてそのまま納品している、のではなかった。最初はそうだったのだが、いつの間にか、余分に出来てしまったカレーを冷却して保存し、翌日新しく作ったカレーに追加していれるようになっていた。
カレー、シチューといった煮込みは普通これで問題は出ない、かえって熟成して美味しくなる、なんていう人もあるくらいだ。
作り置きの方法は、残りが出たら、寸胴鍋から薄いステンレスバット(金属バットのほうがよく冷える)に移して平たい状態で冷やす。
翌日寸胴鍋で調理し(レシピが決まっているので、新しく食材を調合して作る)、そこに昨日冷却しておいたカレーを入れて再加熱する。時間と温度はマニュアルで決められている。この調理は力量を持った担当者が行う。(これで問題はない)
ところが、ある日、急な注文があり、この調理担当者が休みだった。これを営業が受けたので、売上の成績になるので、なんとか出来ないか冷蔵庫に行ってみたら、寸胴鍋にかなりの量残っているので、その受注量なら十分間に合うので、喜んでオーケーした。「これを温めるだけでいい」となる。
営業担当なので、薄いバットで冷却していないということがどういうことかわからなかった。
後でわかったのは、前日の調理担当者は(カレーはかなり残っていたが)翌日カレーの注文は来ていないので、薄いバットに入れないで、寸胴鍋のまま冷蔵庫に入れても、二日間冷却するようになる為大丈夫だと判断していたのだ。たしかにそれでも問題は出ないだろう。
そして、急な注文を受けられると喜んだ営業担当者は、自分で寸胴鍋のまま加熱し、これでいいだろうという程度温めて、そのまま納品してしまった。
寸胴鍋に残っていた量が多かったため、中心まで冷えていなかった(のだろう)。そして翌日の営業担当者の加熱も不足していた(のだろう)
7.力量不足による危害
この事例(過去の記事参照)は、加熱と冷却の重要さを認識していなかった力量不足による危害(食中毒!)になる。
この改善策は以下
10人単位レベルという大雑把な量でのレシピを人数単位でできるレシピに変更
ジャガイモなど、大きな切身の中心温度測定
作り置きを無くす
カレーを含めたシチューなどの同性質メニューについて、その日の受注は禁止
力量に登録していない仕事の禁止
8.枝肉の冷却不足によるドリップ変色問題
米国やオーストラリアの牛のと畜では、枝肉にしてから冷蔵庫で冷やし、表面温度6.9℃以下をCCPにしているところが多い。この温度はサルモネラ菌が増殖を急速に増やしだす温度だ。
日本でもこのCCPを参考にしてそのままCCPにしているところもあるが、これですべての製品(枝肉)に問題がないかというとそうでもない。
米国やオーストラリアの枝肉は日本の枝肉よりも小さく、24時間の冷却で中心部まで問題がないレベルまで冷やすことが出来る。
しかし日本の枝肉は(バラツキは大きいが)大きく、特に和牛は米国の枝肉と比較したら1.5倍以上にはなってしまう。
ということは、同じ24時間冷却しても、中心部まで十分冷えていない状態になることが多い。
実際に測定してみても、8℃以上になっているときもある。
9.対策は二晩冷やせばいいが……
8℃以上になっている状態というのは、大型の牛で遅い時間に屠畜した場合だ。
朝から昼までと畜をして、その昼近くになってたまたま非常に大きな牛を処理し、それを翌朝まで冷却しても、大きいから中まで冷えないうえ、冷却時間も短い。
この中心まで十分冷えていない枝肉を翌朝すぐに出荷してしまうと、蒸れて「スミ」と言っている人もあるようだが、表面の少し内側部分がうっすら黒く変色してしまうことがある。
和牛は価格が高い、そして日本の場合鮮赤色をありがたがる傾向があるので、クレームになることも多い。ドリップの原因にもなる。どちらにしても価値は下がることになる。
対策は二晩冷やせばいいが……
10 と畜場の能力によって多くの条件から調整
それならどうしたらいいかというと、もう一晩寝かせればいい。
そしてCCPは例えば「腕の中心部分の温度が5℃以下」という設定にしているところもある。5℃、6℃、あるいは4℃など、設定は低いほどよいが、これも出荷後の検証と顧客の反応で決める必要があるだろう。
また、製品すべての安全確認をこのCCPでしたいわけなので、それなら「最終と畜グループで最も重い枝肉の腕中心温度」とすればより確実だ。
それならそうすれば簡単だ、となるかもしれないが、そうは行かない。今まで一晩冷却で行ってきていたところを二晩にしてしまったら、冷却庫の容量が不足してしまうと畜場も多い。
また、二晩にすると言ったら、すぐに枝肉をほしい店が困ることもあり、これも逆にクレームに繋がる。この対応は理解してもらうか、納得した上で引き取ってもらう、という話し合いも必要になってくるかもしれない。
それなら、軽い枝肉と重いのと分けたらいいとなるが、その境目はどこか、と畜時間との関係を見極めなければならない。
では、重い牛から屠畜していけばいいかもしれないが、みっしりと係留場に集めた牛の中に人が入って分けるのは不可能だ。
と、いろいろな問題が持ち上がってくる。
冷却庫の容量が不足しているので、大型のファンを回して冷却スピードを上げる対策をしているところもある。
どうすればいいかだが、と畜順序、あるいは牛の大きさからのスケジュール、冷却能力と時間から検証してみる、二晩と一晩に分けられるか、営業との兼ね合い、などなど、そのと畜場の能力によって多くの条件から調整する必要がある。判断のためには検証で、中心温度によって、その後の問題がどうなのか、品質も含めて決めていくことだ。