和牛のサーロインを、3センチの厚さにしたステーキを、我が家のホームパーティーで時々食べている。この厚さは、フライパンで焼ける最厚サイズで、これ以上になると釜やグリルでないとうまく焼けないだろう。
これだけ厚いと一人では食べられないし、第一一人分として高すぎて手が出ない。しかし、数人で豪華なつまみとして切り分けて食べたら、最高だ。
パーティーに来た人は大喜びで、盛り上がる。そこで、どうやって焼くのかと質問が来るので、教える。
その後、年末になると、私が注文しているところに私と同じ「3センチ仕様」のステーキの注文が行く。このところ大分増えてきているようで、昨年末は「ずいぶん売れた」と喜んでいた。
ところが、そのあとの質問がいけない「一体どうやって焼くんですか?」
牛肉を専門に売っているところが、この魅力的なステーキをカットして売ってはいても、どうやって焼くんだかを知らないのだ。カットしながら皆で「どうやって焼くんだろう」と話しているのだという。
3センチのステーキを焼くには、フライパンを熱し、ステーキの背脂肪を少しカットしてフライパンに敷く。
サラダオイルを使うのが一般的だが、よい牛肉なら、その脂肪を使うのがいちばんいい。最高の脂肪があるのに、サラダオイルを使うことはない。
ステーキをフライパンに入れる直前に塩コショウをする。
塩というのは、肉の水分を吸い出す作用もするので、あまり早くから塩をかけてしまうと、肉のおいしさ、ジューシーさである水分を吸い出してドリップにしてしまうのだ。
胡椒はブラックぺカーの粗びき。ペパーミルでガリガリと崩したての最高風味のをかけたい。
熱くなったフライパンにステーキを入れると、直ぐに焦げ目がつく。そしたら裏返して、反対側も同じように焦げ目をつける。こうすると肉の表面が固まるので、中の肉汁を閉じ込めることが出来る。おいしさを封印するのだ。
両面に焦げ目がついたら、直ぐに火を弱火にし、蓋をしてゆっくり焼いていく。
蓋をすることで蒸し焼き状になるので、これだけ厚くても、焦げないで、ふっくらと焼けるのだ。いわばフライパンで薄いローストビーフを焼くみたいなものだ。
どの程度中に火が通っているか、初めてだとわからないので、中心温度計で計測してみる。20〜30℃ならレア、40℃程度ならミディアムといったところだ。
温度計が無かったら、ステーキの端をちょっとナイフで切って覗いてみればいい。ちょっと切るぐらいならわずかしか肉汁は出ないから。
うまく焼き上がると、ステーキはわずかに膨らんでいる。こうなったらもう最高。
ソースなんて要らない、わざび醤油か、ショウガ醤油がいい。さっぱりと和風のソースは肉の味を優しく引き立てる。
ナイフで5ミリ程度に薄くスライスすると、中が赤い一口大の切り身になる。和風ソースをつけて、ぺろりと。
フライパンに残った脂肪がもったいなかったら、もやしでもネギでも放り込み、適当に塩コショウをして炒めたら付け合わせになる。これで最後の一滴まで食べてしまえるわけだ。
売る側は、一度自分たちで焼いてみたらよい。そしたらもっと売れるようになるだろう。
西日本のあるスーパーマーケットの食肉担当者が集まり、売り込みが来ていたイベリコ豚を試食することになった。
イベリコ豚というのはスペイン産で、ドングリを食べさせた豚だ。この豚は価格は高いがおいしいという評判。私は東京の店で時々買ってきて食べているが、集まったここの食肉担当者に話を聞いたら、びっくりすることに皆さん始めて食べるようだ。
味が素直にわかるように、フライパンで焼いただけで食べてみた。
ひ弱な軟らかさではない。肉が味濃く引き締まった適度な食感。多少歯ごたえがあるのがいい。味も素晴らしい。これぞ野生風味の豚肉だ。おいしいおいしい。
目がトロッとなって、二三切れを黙々と食べてふと気が付き、皆さんどう感じているのかと見たら、全員暗い顔をしている。いや、暗くなっているのではなく、この味がわからないようなのだ。始めて食べたわからないもの、のようだ。
言葉で「どうか?」と聞いても、反応無いまま、どう応えていいかわからない状態。「おいしくないか?」と、直接的な言葉で聞いても、わからない表情。さらに「わからないのか?」と聞いたらやっと「はい」と一人が答えた。他の皆さんもそうだというようにわずかにうなずいた。やっぱりこのおいしさがわからないのだ。
このチェーンの店の客は、グルメが多いことで知られている。イベリコ豚のおいしさを知っている顧客は大分いると思われる。しかし、売るほうは知らない。
確かにこの豚肉は高く、売れるかどうか、売ってみないとわからない。しかし、売るほうの味覚がこの状態では、マーケティングにも入れない。
売るためには、おいしい食べ方を知らなければならない。