作成後記 2005年
フーズデザイン加藤光夫
盛岡市内から車で40分ほど、南部富士とも呼ばれている岩手山の麓に行く。熊の出没場所だ。昨年の被害は1件だったそうだが、今年は既に8件だという。いずれも怪我で死者はいない。今年の熊はタチが悪く、普通熊は人間の存在を嗅ぎつけると離れていくが、今年は人に近寄ってきてしまうのだそうだ。
そんな森の中にぽつんと1軒、岩魚料理屋がある。自宅の部屋と庭を使い。夫婦で養殖している岩魚と山菜を食べさせる店だ。
まず出て来たのは、岩魚の刺し身半身分と握り寿司が3個。
刺し身を口に入れると、新鮮なのにとろりと甘味がある。「30分前までそこで泳いでいた」のだ。握りにいこうとしたら「ワサビの葉をちぎって乗せたらいい」という。大葉の大きいのみたいなのが付いているが、これがワサビの葉なのだ。さっき旦那が庭に出てとっていた葉っぱがこれだったのだ。とろり握りとワサビの葉っぱ、山と清水の御馳走だ。
ここら辺は、ガソリンや電気などのどうしようもない物以外は、全て地域で間に合うという。川魚はいくらでもいる、山菜は豊富、米も有名、肉は時々牛を屠畜するのを分ける、大豆もあるから味噌、醤油ができるし、やる気になれば豆腐や納豆も出来る、蕎麦も産地だ、税務署が許せばドブロクも出来る、地域通貨まである。
山菜の天ぷらが出て来た。ウドの本体と葉っぱの先端部分、それにコシアブラが、味を付けて揚げてある。これから夏になるのでこの山菜は今年最後だそうだ。
一緒に、姫竹も出て来た。細く、軟らかく繊細なタケノコに、ちょっと唐辛子入りのマヨネーズをつける。初夏の風味が鼻腔を通じて頭まで上がってくる。
メイン登場、岩魚の炭火焼きだ。我々が予約した時間に合わせて焼いていたのだ。尻尾からバリバリ齧ると、香ばしさが口いっぱいに広がる。本体に食べ進み、そのまま頭まで一気に食べてしまった。
仕上げは蕎麦150グラム。細目にカットし、さっと茹で上げ、冷たい水で冷やしてある。薄めの汁をつけて一気にすすると蕎麦の香りが胸にしみ込む。何度も何度もすすり込む。集中して回りが見えない。気が付いたら無くなってしまった。05.6.15
希望水系養魚場 佐藤壽喜 019-688-1121
ボーダーは国境、シャッフルは混ぜ合わすことで、カクテルを造るときにシャカシャカ混ぜるのをシャッフル、あるいはヒットしているアップルの超小型音楽再生機「アイポッド・シャッフル」は、メモリーに入っている曲を順不同に再生する。シャッフルは流行語にもなっている。ボーダーシャッフルは、訳せば「国境ぐちゃぐちゃ状態」とでも言おうか。
シアトルの東の郊外、レッドモンドで「TODAI」という流行っている日本食レストランがあるというので行ってみた。普通の焼き鳥天ぷらウドンといったのを想像していたのだが、行ってみたら何と200席近くはあるだろうか、体育館半分といった広さの店で、並んでいるではないか。一人22ドルでバイキング形式の食べ放題。誕生日の人はタダ。飲み物はもちろん別だがワインも結構充実している。
レッドモンドという地域は、お金のある程度ある人が住む地区で(大金持ちまで行かないが)、日本人はあまり多くはない。客を見てみると、白人が半分、韓国、中国、タイなどのアジア系が半分といった所で、その中に中南米系らしき人がちらほら。子供連れもかなりいる。日本人らしいのは見当たらない。この巨大な日本食レストランに日本人はどうも我々だけのようだ。
そして後で聞いて分かったのだが、ここはメキシコ人が経営しているのだ。シアトルの郊外の町に、メキシコ人の経営する巨大な繁盛日本食レストランがあり、客は白人と日本人以外のアジア系、という実に不可思議な店なのである。
メニューも実に豊富、刺し身、寿司、巻物、天ぷら、煮物、焼き鳥、かまぼこ類、麺類など、アイテムも多く、それに牛肉と野菜の煮込みなど、和洋ミックス料理もかなり充実。あわせてデザート類、ケーキ、アイスクリームもしっかりとある。
広大なバイキングカウンター内では、キリッと白衣を着た東南アジア系、中南米系の従業員がきびきびと働いている。なかなか教育もしっかりしているようだ。何かプライドをもって仕事をしているといった職場雰囲気もかもし出されている。顧客サービスの女性スタッフは白人と中米系のスラッとした美形が多く、サービスの状況を見ると頭もよさそう。
味の方は、とても良い、とまでは行かないが、まあまあ食べられる上のクラスのレベルで、シアトルの郊外都市で久しぶりに日本食に出会った状況では嬉しい。
ワインを数杯おかわりして、仕上げに入った。奥の方にある麺類コーナーに行ったら、しゃぶしゃぶうどんと天ぷらうどんがある。意地汚く迷った末、天ぷらうどんにしたら、直径十センチのリングネックレスを付けた目元ぱっちりメキシコ美女がニッコリ笑って英語でサンキューとうどんを出してくれる。一体ここはどこなんだか分からなくなってくる。なんとも不思議な気分なのだ。ボーダーシャッフルだ。05.5.1.
私の好きなイタリア料理店「ちょっとローマ 03-3453-7408」が田町にあり、とても美味しいのに、価格はそれほどでもない。私がよく行くイタリアンの中では、価格と食材のバランスで、最高レベルの店だ。
この店の特徴は、食材が高品質の寿司レベルの魚を使っていることと、日本でどうしてこんなのあるのだろうと考えてしまうような素晴らしい肉があることである。
数年前から通っているが、あるとき「今日はホタルイカのパスタ」があるという。ホタルイカというのは相当鮮度が良くないと駄目だし、第一あの小さな目玉が口に残るところもいやで、嫌いなもののほとんど無い私にしては積極的に食べないものである。ところがこの店なので、だまされたと思って持って来てもらったら、こんな美味しいホタルイカってあるのだろうか、いや、今まで食べたのがまともじゃなかったのだ、しかし今食べているホタルイカは特別の中の特別だとしたら、ホタルイカはこの店でしか食べられないではないか、といった思考が錯綜した。おまけに私は目玉のことを言ってはいないのに、外して料理しているのである。
このホタルイカを最初に食べたのは大体五年ほど前だと思うが、先日行ったら「以前食べられたホタルイカのパスタがありますが、どうしますか?」という。数年前からの私の食べたのだけではなく、飲んだワインも実はこのシェフは覚えているのだ。多分覚えようとしているのではなく、自然に頭に入ってしまっているのだろう。もちろん再びあのホタルイカに出会ったのである。
また、別のときにびっくりしたのは「メヒカリのフリッタ」だ。
メヒカリというのは15センチぐらいのきゃしゃなイメージの魚で、目が光るのでこう呼ばれている。これも鮮度が命の魚だ。フリッタというのは、薄く衣を付けて天ぷらのように揚げる料理。これにイタリアンフレーバーのソースがかかっている。感動物のメヒカリイタリア風フリッタなのであった。あるいはある秋の日に出て来たのはマツタケのリゾット、春の日に出て来たのは初カツオのカルパッチョ、と、和風食材とイタリアンのシャッフル。
別の日に、肉料理でラムのスペアリブだという。日本にはラムはラックと言って骨付きのロース肉がほとんどで、この部位の腹側になる骨付きバラになるスペアリブは、オーストラリア、ニュージーランドではポピュラーなのだが、日本では見たことが無い。わくわくしていたところに持って来たのは、スペアリブと言っても、これはその中でも最も珍重貴重なミルクラムのスペアリブなのである。軟らかく、香高く、上品な美味しさだ。
生後一年未満の羊をラムというのだが、ミルクラムというのは、ベビーラムともいい、三ヶ月程度のまだミルクを飲んでいるラムをミルクラムという。どうしてそんな小さなのを屠畜するのかについては知らないが、魅力的食材なのだ。オセアニアの食材を、イタリア料理で、日本で食べる。
またまた別の日にまたラムだというのだが、聞いてみるとラムの心臓と肝臓だという。これもまた鮮度が命のもので、ヨーロッパやオセアニアではやはりポピュラーなのだが、日本では見たこと無い。もちろん美味しさ抜群。05.6.14
シアトルの郊外、レドモンドは平和な町で、横断歩道を渡る気配を見せただけで、車はぴたっと止まってしまう。チェックインしたホテルの前にはきれいで小さめのショッピングセンターがあり、軽く食べながら一杯やって、時差と疲れを取り去ろうと探索したら、いわゆるオイスターバーがあった。
入ったらかなりの広さで、女性同士のグループもかなりあり、ワインを飲みながらケタケタと笑い騒いでいる。旦那の悪口でも言っているのだろうか。子供連れの家族も結構いて、平和でストレスの無い町だと確信した。
地ビールは10種類ぐらいあって、何を頼んでいいのかまったく分からない。一番上のを取りあえず頼んだら、濁ったまさにこれこそ地ビールそのものといったのが出て来た。素朴な味が嬉しい。
つまみに「ゴマ」「マグロ」「中は生」と記述してあるのを頼んだ。とにかくマグロの生、刺し身的なものが出てくるだろう。
出て来た皿には、1辺10センチぐらいの巨大な切り身が数枚乗っている。焼き魚が間違えて刺し身になったみたいだ。切り身の回りにはゴマがたっぷりとまぶさっていて、臭いをかいでみると煎ってある。
一口大を切り取って口に入れたら、睨んだ通り、赤身の刺し身マグロと煎り立てゴマの香りが実によくあって、ジーンと来てしまった。マグロの新しい味を発見!
これは、マグロのサク型ブロックの回りにゴマをつけられるだけ押しまぶし、薪(まき)の直火で瞬間加熱して、その後スライスをしたものだ。なぜ薪だと分かったかというと、キッチンの横に大量の薪が積み重ねてあり、バーベキュー窯もあったからだ。あれで焼いたのだ。
付け合わせにレタスベースのサラダが入っていたが、これは東南アジア、それもタイかベトナムの風味がする。シャンツァイだ。シャンツァイは「虫を潰した味だ」などと嫌う人もいるが、私は大好き。これも初めての味だ。
「マグロのゴマまぶし超レアタタキ・東南アジア風味サラダ添え」だった。これならウチでも出来そう、試してみよう。05.4.28.
秋から冬にかけて北海道には小さな赤い実がびっしりと生る「ナナカマド」がある。冬の訪れを告げ、正月の生け花には欠かせない。
吉祥寺の小さなビルに「ナナカマド」というイタリアンレストランを見つけ、数回行った。いつもイクラ、鮭、ウニ、アスパラなどの北海道を代表する食材を使った料理があり、チーズとオリーブオイル、それに魚介と野菜がミックスされた美味しさを楽しんでいる。
先日、マグロのカルパッチョを頼んだら、スライスされたマグロに、オイルビネガーが軽く垂らされ、粉末のパルメジャンチーズがパウダースノーのように淡く白くサラサラとかかっている。一切れ食べたらまだちょっと冷たいので、横目で見ながら適温になるのを待ち、パリッと焼いたフランスパンを小さくちぎり、一切れのマグロを乗せ、マグロ側が舌に乗るようにして口に入れた。マグロとオイルとチーズとパンが、どうしてこれほど魅力的な料理になってしまうのか、ああありがたいありがたい。
横の家族のお父さんが、小学生の子供に「ナナカマド」とはと、丁寧に説明している。なかなか客筋も良いのである。
出身が前から気になっていたので、女将が料理を持って来たときに聞いた「北海道出身ですか?」。屋号と料理素材からそうだろうと予測していたのだが、
「え? 違うんです、7階の竃(かまど)なので、7竃(ナナカマド)なんです」
横のお父さんガックリ。
7階の大きな窓から井の頭公園を見下ろせ、風の香りを感じるいいレストランです。
ニューヨーク、ブロードウエーのミュージカル「ヘアスプレイ」は、ちびっ子短足の少女がミュージカルのオーディションを通過し、数々の嫉妬や問題を乗り越えて成功して行くストーリーだ。主役が小さな体で走って踊って飛びまくり、どこから出て来るのかわからない素晴らしい声でうたいまくる。この異型の元気感動のりまくりの舞台が終わったら、無我でめり込んでいた観客は、終了をやっと悟り、一斉にスタンディングオベーションになってしまった。
残響がたっぷり残ったままふらふらとホテルに向かっていたら突然ステーキ用骨付き牛肉のブロックが大量に目に入ってきた。通りに面した側に大きなガラスがあり、その中に熟成中のポーターハウスやティーボーンステーキの巨大ブロックが、数百本、整然とウッドの棚に並べられている。北向きなので太陽光線の影響がないのでこのようなことが出来るのだろう。このスタイルはアッパーイーストにある食肉専門店「ロベル」と同じだ。

入り口を入ると、受付カウンターまで数メートルの右側にガラス張りの牛肉熟成庫が続いている。テーブルに着くまでの間にステーキが脳みそに染み出すわけだ。
私は量が多く自身はないが食べられるだけ食べようと「ポーターハウスステーキ」。ティーボーンとポーターハウスの違いは、ヒレ肉の大きさによる。ヒレ肉が全体の1/3以上になるティーボーンを特別に「ポーターハウス」と呼び、ウエブスターという日本語で言えば広辞苑にあたる辞書を引いたら「お肉屋さん」という訳も見つけた記憶がある。ミディアムレアーで。

同行者は量控えめに「グラウンドビーフステーキ」。これはハンバーガーなのだが、ファーストフードのものとは全く違い、ステーキにする肉をナイフでぶつ切りにしてまとめたもの。だから昔と同じように焼き方を聞いてくる。これも「ミディアムレアー」で。
ここの牛肉は中グレードの「チョイス」なのだが、3週間乾燥熟成させているので、赤身さっぱりでそれなのに軟らかくて味が濃くジューシーなのだ。
もう一つ嬉しいのは、野菜が素朴においしい。オニオンのサラダを頼んだら、生のまま厚さ1センチほどに輪切りにされたものがそのまま数枚皿に乗っている。これをナイフでカットして付いてきた岩塩をかけたら、全く辛くないどころか、甘いのである。
米国の料理は一般的にぐちゃぐちゃに味付けをして素材の味を無くしてしまっているものが多いが、このオールドファッションスタイルは素朴で実にいい。古き良きアメリカの味がここにあった。
松江はゆったりした城下町で、美味しいものが好きな旦那衆が多いような気がする。1月の今は何と言っても松葉蟹だ。
日本料理「いと賀」に顧問先の皆さん達と四人で入り、ビールと突き出しで始め出したら、大将手作りのカラスミが入っている。カラスミはゆっくりと何十回も噛んで行くと良いものはどんどん味が出て来るのだが、これは食感も次第にねっとりとなり、味と両方がどうだと言わんばかりに迫ってくる。
ビールの後は寒い日だったので温かいものが欲しい。オープンキッチンの中にフグのヒレが貼り付けてあるので、ひれ酒と考えたが、最初からやってしまうと後半に腰が抜けると困るから、焼酎のお湯割にするかとリストを見たら、魔王だの百年の孤独など高級品ばかりで、オンザロック用だ。ボジョレーがあったのでホットワインも一瞬考えたが料理と合わないのでやめた。
「温かくしておいしい焼酎なんて無いのか?」と乱暴な質問をしたら「それでは沖縄風でやってみたら?」とのお勧め。沖縄や南九州の焼酎を飲むのに良く使われる平べったく上から潰したような「じょか」という土瓶に、焼酎6のお湯4にした大将指定の焼酎「佐藤」の「黒」を入れ、そのまま火にかけた。焼き焼酎だ。
焼き立て焼酎が厚い皿に乗ってきた。肉厚のおちょこに注いで恐る恐る口に付けると、温度は80から85℃といったところで熱い。やけどしないようにとろりと口に含んだら、何と素晴らしい香りだろうか。ああ、こんな素敵な焼酎の飲み方があったのだ。のんびり飲んでいても、土瓶が焼かれているので、温度は適度に保っている。

亀のように焼き焼酎を舐めだしたところで、目の前のまな板ででかい松葉蟹を大将が佐々木小次郎か宮本武蔵かといった鋭さで捌き出した。足を取り、味噌たっぷりの甲羅が外され、足の裏側を薄く削いで身をのぞかせる。「料理は三つおまかせで、後はそれからちょこちょこ注文する、と言ってある」そうなので、果たしてあのカニはこっちに来るのかどこかに行ってしまうのか期待と不安で見ているうちに胸が張り裂けそうになってきた。
カニは皿に盛りつけられる段階に入った、と思ったらそうではなく、強い直火にかけ出すではないか! 何と乱暴な、何と豪華な、何と潔いことをするのか! 味噌たっぷりの甲羅は裏返し、足は削いだ部分を上にして、肉、肉汁、うまさが落ちないように殻を下にしてバリバリッと音が聞こえるように焼き出し、あ、あ、あ、と口を開け、焼酎も忘れて見ているうちに最初に置いたパーツから深い皿に入れ出した。ボウルのような器に入れるのは、広く浅い皿だと熱と香りが逃げるからだろう。カニの香りと肉とジュースがたっぷり詰まったボウルだ。
あっという間に盛り付けが終わって、さてどこに行くのかと見ていたら、横の厨房の出口の方に行ってしまった。残念、こっちのではなかったのかとがっかりしたところに後ろからその焼き蟹ボウルがスッと私の目の前に置かれた。仲居さんに渡すために厨房の横から出したのだ。ああうれしい、信じられない、何と幸福なんだろう。
甲羅を通して優雅に炙られた味噌がたっぷりと盛り上がって膨らんでいる。これをだれが最初に食べるかの問題は今回は無い、私が最初に食べなければ遠慮してだれも手を付けないのはわかっている。しかし一応一番宣言をし、箸でゴボッと出来るだけ正確に1/4を取り出し、熱っついのを口に入れた。
表面のわずかな厚さだけさらりとなって中の汁が飛ばないようにガードされ、その下全ては風味濃縮トロトロの塊だ。噛まずに何回も何回も口の中でなめ回して楽しむ。口内から無くなっても風味は残っているので未練たらしくまだ舌だけクチャクチャやり、とうとうあきらめてから焼き焼酎を口に含む。
温かい焼酎で一瞬にリスタートし、甲羅味噌を次の同行者に渡したら、今度は一番太い足に目を走らせる。身のむき出し部分を見ると盛り上がってはち切れんばかり。こういう直火焼きは、表面パリッ、中半生、火から離した直後に最後の余熱でフワッと膨らんだときに仕上がるのが最良の状態。これはまさにヴィーナスのように理想的だ。風船のように膨らみ始めた身の表面を針でつついたらジュースがピューと飛び出す状態ではないか。
早く食べればいいのに見とれてしまっているのに気が付き、これを食べてしまったらまた不幸になるのもかまわず、箸でジョイント部分を外す。殻から身がはらりと垂れてぶら下がったので一気に口に入れ、前歯と犬歯の間でスジをこそげ抜きながらズズズーッと身を口に削ぎ入れる。ああ、甘い、ああ、甘い、ああ、幸せ、ああ、ああ・・・
やわらかく蒸されたアワビ、フグの皮・・・仕上げは大将が自分だけでいつも楽しんでいる目の前手打ちそばを「そんなずるいことはやってはいけない、世界の人にも食べさせないのは意地悪だ」と言って出してもらい、松江城の殿様のような宴会は恍惚のうちに収束して行った。05/1月
これはアワビの吸い物 1個丸ごと入っていました

目の前手打ちそば 「いと賀」の大将
「いと賀」松江市伊勢宮町503-8 0852-22-7546
鮭児とはアムール川系で、知床から網走にかけてとれる全身トロ状態に脂肪がのったシロザケだ。脂肪率は20-30%にもなるという。この脂肪率はソーセージの主原料の豚腕肉に近い。1万本に1-2匹程度しかとれない貴重品で、2キロ程度と小型。
千歳空港で土産物を見ていたらこの鮭児が1本置いてあり2万6千円の値札がついていた。食べたいなー、でも高いなー、切り身は無いのかなー、もしかしてカマなんぞあったら飛びついちゃうんだがなー、と聞いてみたがやっぱり「これ1本しかありません、ほとんど捕れませんから」。そうダローなー。
東京に帰ってきても、あのあきらめてしまった鮭児が画像となってなかなか頭の隅から離れない。
数日後、吉祥寺のいつもの料理屋に行ったら開店5周年で、特別メニューがずらりと並び、いつもの構成と違う。慎重に検討を始めたら何と鮭児の刺し身が2100円である。即オーダーリストに入れたところに花板がいつものように「毎度どうも」とやって来た。この花板は若いが腕は良く、感動メニューをよく出してくれる。私が行くといつもすぐにやって来て、メニューに入れられない一名限定料理を薦めに来る。「裏メニューは先に言ってくれ」と私がいつもうるさいからだ。
今日はこっちから「鮭児の刺し身はもちろん頼むけど、カマはないのか?」と聞いたら、「あります、カマだけじゃなくて、スペアリブも、縁側も、よろしければハラスもあります。ぜーんぶまとめてどうですか!」
「くく、くれ、くれ、ぜーんぶくれ!」
「ありがとうございます! いくらにしましょうか?」
「勝手にしろ、早く焼け!」
「アラといっても、鮭児ですから。オークションしましょうか?」
「いくらからスタートだ」
「では、1500円からでどうですか? でも1500円でいいや」
「ヨシ、2000円出す。早くしろ早く!」
本当に全てのセットが来た、夢ではないか。
まずハラスを口に入れたら脂がブチッとはじけ、舌と上顎の間にとろりと広がった。ニチャニチャと歯と舌が行儀悪く立ち回り、何回も繰り返していると、次第に脂は咽の方に移って行き、腹に入っていってしまう、香りをたっぷり残して。
口内に余韻がまだ残っているところに、熱燗をつるりと入れると一瞬で爽やかなリスタート体制になる。
次はスペアリブをつまんで、背骨のところに前歯がかかるように口に入れ、骨の間の肉を一気に齧り削ると、繊細でわずかな肉が舌の上に一気に集まる。慎重に口内全体に広げて味わう。次は縁側に行くか・・・
刺し身が来た、小振りなので刺し身も小型だがやっぱりトロだ。トロはトロでも鮮度最高の状態のまま熟成している。どうしてこんな芸術状態になってくれるのだろうか。天の恵みだ、神様からの贈り物だ、地球万歳! 04/11月