作成後記 2003年

フーズデザイン加藤光夫


アイスバインを3倍楽しむ方法

くにひろさんのところからアイスバインが届いた。これをどう食べるかに散々悩んだ、そのまま削って荒々しく齧るか、野菜とゆっくり煮て、スープまで楽しむかである。パッケージを外して香りが解き放たれたとき、自然なスモークフレーバーが我が鼻を刺激し、ぜぇーんぶ齧ってしまおうと瞬間考えたのだが、煮込んだスープの魅力も捨て去れない。そこで優柔不断かつずる賢く3つを一緒にやることにした。

まず、固まった筋肉部分を適当に外した、重量で言えば1/3という程度、これはスライスしてビールのつまみ。これとその他のつまみでぐずぐずやっている間の約二時間、香味野菜などと一緒に煮込んで、食事の第三コーナーを回ったあたりから骨に残った肉を外して食べ、更に骨とわずかにしがみついている筋を煮込んで、これは今晩食べずに、明日の朝、トーストとサラダ、それにこのスープというメニューにしたのである。今朝、第三番になるスープの朝食はうまかった〜。


刀削麺

横浜、ホテルニューグランデで遅い朝食をとり、山下公園を散歩していると横のチャイナタウンが気になって仕方がない。

チャイナタウンの中は三つのレベルの通りがある。東門などの正面から入った大通り、次はそこから横に入っていった路地で少し妖しくなる、さらにこの路地と路地をつなぐ一番細い裏通りが妖しさ最大のワクワクレベル。

妖しさいっぱい路地をうろうろしていたら、店内にあるのは数十年前の小学校の机と椅子ではないかという小皿料理屋があり、この向かいには刀削麺の店がある。カウンター8席と崩れかけテーブル2つというこれまた妖しさと食欲をそそるたたずまいだ。

腹は全然減ってないのでまた今度にすることにして、さらに奥へ奥へと回り、商売繁盛の寺お参り、怪しい絹製品、外れそうだがもしかしたら当たりになるかもしれない食材購入とやっていたが、どうにも刀削麺が気になって仕方がないので「ちょっと味見」と戻った。

尻が半分外に出そうな入り口のカウンターに座ったら、かわいい中華デザインラベルのビールが横に置いてあり、見たらサッポロビールのチャイナタウンバージョンだ、なかなかしゃれたことをやる、頼んでしまった。相当使い込んだメニューを見ると、つまみメニューもあり、麺は「野菜」「牛肉」など10種類ほどあり「牛筋煮込み」を頼む。

カウンターの前は元祖オープンキッチンというか、狭くてどうしようもないからこうなったというか、中をコックが気持ち良く立ち回る。大鍋に大量の湯がぐらぐら。

我々のオーダーの番が来たようだ、私の目の前のドウのひとつに、ぐいぐいと体重をかけてコッペパン形に整え、CDディスク大の板を湾曲させたようなナイフを掴み、素早く鍋に移動した。「これからあんた達のをやるぞ」と横目で我々をちょっと睨み、ドウを肩に担ぎ、ナイフが走り出した。

 

シュッとナイフが一走りするとドウから削り出された麺がフワッと浮き、鍋に向かって滑空し、着水する。

麺というと丸いかきしめんの様に平たいが、刀削麺は、湾曲したナイフの凸面の方で丸太のドウをカットするので、断面は、飛行機の翼、柳葉のような小さな羽根だ。これが飛行していくのだ。ナイフの動きが速いので、数枚の羽根が湯気の上昇気流で浮いている。

二人分は結構な量で、じっと見ていると、妖しい裏通りの喧騒も混沌状態の店内も霞んでしまう。静寂の中で、刀削麺に意識が集中する。小さな羽根が忍者の手裏剣のように飛翔しつづけている。

ゆで上がった麺はそのまま丼に入れないで、ザルに入れて湯で洗っている。大鍋の湯は麺で濁っているからだろう、蕎麦湯ならぬ刀削麺湯は飲まないのだろうか?

スープと丼に入れた後、注文されたメニューごとに具を入れる。牛筋煮込みの具を落とし入れた。腹が減っていないはずが、不思議なことにもう目はギラギラ腹はガツガツに激変してしまった我々の所にその丼は来た。

乳白色より少しグレーがかった濃そうなスープの横に、唐辛子で真っ赤になったところが1/3ほどあり、この中に牛筋が入っている。埋もれた牛筋のひとつを箸で掘りだしてみたら、太さ2センチ、長さ5センチもあるボブ・サップ級が「どうだ、まいったか」と、3つも入っている。一齧りしたら蒟蒻食感で、ゼラチンの塊、コラーゲンの綱、美味しさの棒だ。

麺の方は当然ある程度のバラつきがあり、薄いスベスベと厚いシコシコが渾然一体となっていて、今度はどの「羽根」を楽しもうか「迷い箸」になる。

食べ進むにつれて、元のたんぱくスープ部分と唐辛子真っ赤スープが次第に混ざり合い、もう一つの別な美味しさに次第に変魅、変味していくのである。これは面白い。

妖しいチャイナタウンまで渋谷から40分と歩きちょっと、病みつきになりそう。03.10.14


ワインのオーダー

我が家のワインは石川県の氷見市から来る。ここにオーストラリアとニュージーランド産専門のワイン通販会社「ヴィレッジセラー」があるからだ。もう十年ぐらいの付きあいになるだろうか。

社長はオーストラリアの人で、何でも昔は富山で鋳造の型を作っていたのだが、自分の好きなワインを直接オーストラリアから買っていたところ、友人から譲ってくれという希望が次第に多くなり、とうとう会社を作ってしまい、鋳造型の方は「もうダメだね」ということ。なぜ富山で始め、どうして氷見市か知らないが、結構な商売をしているようだ。

20ページほどのリストを定期的に送ってくるので、この中から1ケース分の12本を価格だけで見てオーダーする。最初の頃は千円から千五百円の間を頼んでいたのだが、ちょっと贅沢しようと千五百円から二千円に上げた。さらにしばらくしてから、もう五百円上げた。「また値上げするの?」と、約1名が言うので、「一晩で半分飲むので、250円余分にかかるけど、毎月半分しか家にいないんだから、一日125円じゃないか、バスに乗るよりも安いんだ」と説得して、今に至っている。

オセアニアのシャルドネはさっぱりしたのが中心だが、二千円以上にもなると「ナッツィ」と言って、ナッツのような香りがする高級品。レストランで出せば一万円近くは取れるレベルだ。

12本全て違うブランドを頼むと、実に多種多彩な味を楽しめる。この中で気に入ったのを次の時に再オーダーすればよいのだが、白ワインは数年のうちに飲んでしまうものなので、次々に変わっていく。そこで価格だけを見て12本の製品番号を並べて書いてファックスしてしまう。着いたワインのボトルデザインを見ながら取り出すときが楽しみだ。

そろそろ在庫が減ってきた、またオーダーしなくっては。9/16


毒食わば皿までも

冷夏の夏も終わりになったら暑い日が来た、うれしい。そこで焼き肉を食べに行こうとなり、いつもの乱暴カットで安くて美味しい吉祥寺「錦城苑」に行ったら、我が家族で満席になった、繁盛していて気持ちが良い。

タン塩にハラミにカルビと最初のステップを始めたら、他のテーブルも一斉に始まり、あっという間に煙で真っ白、冷房も効かなくなってしまった。火事のサウナで焼き肉大会だ。煙が目に染み、Tシャツの下を汗が流れ出した。窓を開けると煙は出ていくだろうが熱風も入ってくる、どちらにしようか迷っていたら家内が「お願い、窓開けて!」 ビールが無くなったので、次は焼酎で「何で割りますか?」と来たので思わず「熱〜いお茶割り!」 毒食わば皿までもだ。追加発注を断続的に進めていく、どんどん汗が出てくる、目がとろっとしてきた、溶け始めたのかな?

仕上げは普通なら冷麺なのだが、この状態ではそうも行かなくなってきた、最後まで熱くないと気が済まなくなってしまい思わず「熱〜い温麺」と言ってしまった。熱くて辛い温麺を汁までしっかり飲んで最後の汗を搾り出して外に出たら熱風のはずなのに涼しかった。

数日後、また熱い日がやって来た、汗をかきかき家に帰って「今日のメニューは?」と台所を覗いたら、先日の焼き肉での快感を忘れられないのか「今日は暑いから、お鍋」だ。身体のことを考えているのか、マゾか、いじめかわからなくなってしまった。そこであつ〜い風呂にゆっくりと浸かってからつめた〜いビールをのみ、温かい鍋を囲む蒸し暑い夏の夜になった。再び汗びっしょりになり、もう一度シャワーを浴びて寝た、これは身体に良い。

夏も終わってしまった。来年は、冷房の無い蕎麦屋を見つけて、なべ焼きうどんと熱燗に挑戦しよう。03.8.27.


メトロポリタンのワイン

美味しいものには三つの条件がある。1.味そのもの、2.手ごろな価格、3.環境と一緒の人。

メトロポリタン美術館の入場料は現在12ドルだが、昔は自分が払える金額だけ箱に入れて入っていた。しかし今でも金が無いけど入りたいと受付で交渉することもできる。「1ドルなら払えるんだけど」と言って入っていく貧乏美学生もいるという。1ドルを食べ物より芸術に使いたい人を歓迎するわけだ。米国のこういった面は大好きだ。

今まで知らなかったのだが、夏の金土曜日の夕方から8時半の閉館まで、二階のホールでコンサートが行われている。おまけにオータムインニューヨークまで屋上もオープンされていて、どちらでもワインを飲める。

今回はニューヨークで活躍中の画家、富永隼人さんに案内してもらったのだが、今まで知らなかった絵画の面白い裏側を知ることができた。昔のスペインの絵はほとんど黒が背景で、絵そのものも黒っぽい、これは絵の具が高価で、黒色がいちばん安かったからだ。それがイタリアルネッサンスで明るく多くの色が使われているのは貴族が金を払ったからだ。欲しい絵画に金を払い、それで屋敷を飾ったわけである。この頃には肖像画を中心とする「高く買ってくれる」絵画とは別に、庶民絵画も開花しているのだが、絵の具の高さで暗い絵や、小型の絵が多い。有名なフェルメールの絵はほとんどが小型の絵だが、これは高く買ってくれる人がいなかったからだ、フェルメールは貧乏だった。透明なガラス瓶を描くには、黒と白の絵の具をうまく使う、美術学校での演習の基本だ。良い額縁は数千万円もするものだ。三島由紀夫は若い頃金が無い中をニューヨークにたどり着き、メトロポリタン美術館で芸術に目覚めた。等々。

コンサートは巨大な吹き抜けになっているホールの二階中央。一階受付の喧騒も遥か彼方のざわめきに収縮し、ピアノと弦楽器が石造りの大ホールに響き渡る。この響きは普通ではない。壁の向こう側には、フェルメールの窓、ルノアールの光、シャガールの異界、ロダンの力、エジプト美術の時間、中国磁器の青・・・ありとあらゆる人類の宝が静かに佇む。楽奏はここにいったん反射し、文化の香りをしみ込ませた響きにグレードアップして聴衆の耳に到達する。

この贅沢な音に包まれながら、コンサート脇のテーブルで富永さんの話と夢を聞き、ワインを飲む、幸福。

終わりが近くなったので、また屋上に上ってみた。セントラルパークを摩天楼が囲む大展望台だ。森は黒々と沈み、20ブロック先から始まるミッドタウンの灯が静かに光る。プラザも、ピエールも見える。アッパーウエスト側は昼のわずかな残りが濃い藍色に輝き、夜に圧縮され始めている。再びミッドタウン側を見ると、完全に夜になった。ああ、良い宵だった。8/14

追加:このあと、日本に帰国した直後、ニューヨークからカナダにかけての大停電になってしまった。危ないところだった。


我が家のマーフィーの法則

ボーイスカウトの大会で息子(といっても大学3年)がドイツに3週間ばかり行くのに、朝早く出た。7:45に電話が入り「パスポート忘れた!」。期限切れのパスポートを持ってったのだ(不運1)。我が家はこういったものは自分で管理させているため、親は全くチェックしない(不運2)。私はセミナーがあるので、家内に持たせ、7:50、三鷹駅に車で送った。7:55ぐらいの特別快速に乗ったはずだ。飛行機は9:50発。

8:30東京駅発の成田エクスプレスにもし乗れれば、9:28空港着なので何とか間に合うだろう、しかし、三鷹から東京駅まで33分ほどかかり、東京駅の中央線ホームから地下4階まで走り降り、果たして間に合うかどうか難しい、ここがCCPだ。もし乗れれば電話が来るだろうと待っていたら、8:28,電話が来た、おかしい、今は一番重要な東京駅構内ダッシュ時間だが、もう乗れたのだろうかと取ったら「ホームはこっちで良いのかしら?」!!(不運3)ああ、もうダメだ、しかし取り乱さず「レンガの右横の階段を駆け降りろ!」。

娘が横に来て心配しているので「8:30を過ぎてしばらくしたら電話が入るだろう、乗れたか、乗れなかった、どっちかだ。乗れなかった場合、30分後の列車になるから、これだともう間に合わない。娘が言った「お兄ちゃん、また伝説作ったね」。

8:35電話、取ったら息子で「お母さん乗れた?」「バカモノ、まだわからない、どっちかだ」。切った途端家内から電話「乗り遅れた」(不運4)。アア!CCPは逸脱してしまった。乗り遅れた後何ですぐに電話しないのかと思ったら、地下で携帯が使えず、公衆電話を探してかけたのである(不運5)。

これからどうなってしまうのか、このあと母親とチョンボ息子は携帯で連絡を取っているはずなのだが、どうしてか、経過報告が来ない。9:00発までまだ時間があるのに。

朝飯でも食おうと台所に行ったら鍋の底にわずかに昨日の残りのお粥があったので、温め始め、茶わんと取りだしたら指が滑ってあっという間に落ち、カチャ〜ンと澄んだ響きを立てて見事に割れた(不運6)。掃除機を取りに行ったら、トイレから水の流れる音がする、中のワイヤーが絡まっていて水が出っぱなしだった(不運7)。一体今日はどうなってんだ?マーフィーマーフィー。

9:00になった、電話協議していて乗り遅れなければよいがと思いつつ、まだ電話が来ない、散々待ったが、今度は私が出かける9:45になってしまった。そして結果は午後3:30、セミナーの休憩中にメールチェックしてわかった。

家内はタクシーに飛び乗り、空港まで飛ばさせたのである。ああ、なんという愛情であろうか! そして、空港着が9:40、出発10分前、結局間に合わなかった(不運8)。JTBのありがたいはからいで、翌日の同じ便に乗せてもらえるようになったそうである。

マーフィーの法則が更に(不運9)に続くとすれば、明朝「寝坊!!」だろうか。私は出張で居ないからもう関知しない。7/28

追記:寝坊せず、無事成田を発ったというメールが入った。マーフィーは出ていった、良かった。7/29


ご飯の硬さ軟らかさ

ある安食堂に、これまたぴったりの金の無さそうな客が一人で入ってきた。メニューを慎重に検討し、テーブルの上にある調味料類を確認してからオーダーした。「普通のご飯と大盛りご飯を一つずつ」。2つのご飯が来たらこの客は、普通のご飯の上に塩をかけ、これをおかずにして大盛りご飯を食べ始めた。スゴイ!

ご飯はとても大事なメニューである。コンビニでも「白ご飯」が一番売れている。

我が家ではその晩のメニューによってご飯の硬さが問題になることがあった。家族四人の間でさえご飯の硬さの好みが違うのに、これにメニューが加わってしまうのだから複雑なことになる。同じコストなら出来るだけおいしく食べたいという意地だ、困った集団だ。

この問題を解決するには2つの方法がある。一つ、「わがまま言うな!」で片づける。もう一つは、一度に硬いご飯と柔らかい御飯が炊ければいい。おいしいものを追及する姿勢は邪険にできないから、あとの方法があればいいのだが。

ある時ひらめいた。電気炊飯器に研いだ米を入れ、平均的な水を入れたあと、釜ごと軽く揺らして沈んでいる米が斜めに傾いた状態にして、そうっと戻してみたら、そのままの状態で落ち着いている。米が偏って、片方は水面近くまで米があり、反対側は深く沈んでいる。

地震が来ないことを願いながら、このまま炊いてみた。この画期的アイデアがうまくいくか、加熱の振動で戻ってアホな実験になるのかの瀬戸際である。チャイムが鳴り炊き上がったので、ドキドキしながら蓋を開けてみたら、傾いたまま炊き上がっているではないか。

浅瀬側のご飯を食べたら硬く、マグロの中落ちを辛めの山葵醤油にちょっと付けて海苔に乗せ、更にご飯をちょっと乗せてから黒ゴマをぱらぱらと降りかけ、キュウリの千切りの三本ほど乗せた「手巻つまみ寿司」にぴったりの硬さである。これは白ワインに良く合う。

反対側の深かったほうは、小魚の山椒煮や昆布の佃煮あるいはうすーく漉いたおぼろ昆布をさらっと乗せ、ぱりぱり海苔を崩し入れ、鰹節をちょっと削って振りかけるともう熟睡は目の前、といったディナー最後の仕上げご飯にぴったりの軟らかさであった。7/28


鰹節

独身の頃、四畳半のアパートで、鰹節を肥後守(折り畳み式のナイフ)で削りながら酒を飲んでいた。厚めに削った切れっ端をかじっているとダシがジワジワと出て来て、実に旨くて安いつまみだった。

今の我が家では鰹節削り器がガリカリシャキシャキ音を出す。繊維に平行に削ればきれいなスライスになるのだが、小さくなってくると削りにくくなるので、斜めに削っていく。粗びきの粉のようになってしまうが、構わずたっぷりと削り出し、鍋にドサッと入れて味噌汁。鍋の底にカツオの粉が層になって溜まるので、それを一緒にすくってお椀に入れる。まだまだ味が残っているので、歯のすき間に少し挟まるけど齧る。最後の最後まで食べてしまう。

シシトウをさっと炒めて皿に盛り、醤油をたらたらとかけ回し、鰹粉をばさばさと振りかけるとビールの最高のつまみ。

鰹節はにんべんの方に頼んで送ってもらったり、店で買うなら吉祥寺商店街にある乾物屋。ここは子供時代の榎本乾物店と同じにぎやかさが残っていてうれしい。けちって小さいのは不味い、腹側は削ると崩れてしまってダメ、背側の一番大きいのを選ぶ。

料理の直前、削り器の向こう側を壁に押し当てて動かないようにし、鰹節を斜めに両手で押さえ、体重を乗せ、身体で押しながら削る。旨味のエキスが下の引き出しにさらさらと落ち、小さな琥珀色の山になっていくのがわかる。

カンナの刃は、数ヶ月使うと切れなくなってくる、そんな頃タイミング良くピンポーン「え〜、研屋です、ご用は?」と来た、近ごろ珍しい、ちょっとしたタイムスリップだ。500円、安い、見違えるように切れるようになる。

ちびてしまった鰹節は、汁を作るときに放り込む。ふやけてしまったチビ節を探し出し、口に放り込んでしばらく舐めていくと更に軟らかくなり、繊維が崩れながらまだ残っている旨味がジュクジュクと出て来る。ワインと一緒に未練の味を楽しんでいるといつの間にか無くなってしまう、どこに行ってしまったのだろうか? 7/14


アフリカンミュージカル「ウモジャ」

それが始まってからしばらく、おそらく数分だろう、観客はどう対処したらよいのか呆然としていた。これがアフリカの音なんだと理解し始めたとき、アフリカの大地と青空が見えてきた。素朴で力強いドラムの音が、塊となってつぎつぎと観客にぶつかっていき、それでも減衰せず、はるか後ろの壁にドスンと反射し舞台に戻っていく。

豪快な響きが少し理解出来始めたころ、アフリカの人々の歌声が聞こえてきた。つややかで透明な音声は、今度はホールの天井を透過して高くまっすぐに飛んでいくようだ。地平線だらけのオーストラリアでは9キロ先ぐらいまで目視で判別できるが、この声はそこまで届きそうだ。ゴスペルの高らかなソロに、広く高い空と広大な大地と草原を思い浮かべたらわずかに理解出来るか。

ダンスも惜しみなく力を使う。マラソンならパワーバランスを考えるが、そんなことは考えてもいないのだろう、百メートルダッシュで全て行く。肉体が踊る程度ではない、肉弾がはずむ。バラバラに動いていたのが突然まとまったかと思うと今度は男女2つの束になって絡まりあう。パタッと止まって感動の拍手がドッと出ても、まだまだこれからと、すぐに躍動が始まる。ダンサー達の顔を見ると皆にこやかに笑っているではないか。

休憩のあとはいきなり後ろから始まった、ドラムの集団がなだれ込んできたのだ。舞台装置は最初から全く変わっていない、数段の段と、後ろの壁にスクリーン。スクリーンには時々入る知的コメントの字幕と、バックで演奏しているバンドをライトで浮き上がらせてスクリーン越しに見せているだけだ。猿之助もびっくり。簡素、安上がりといったらそうなのだが、舞台ではない、踊りだ、唄だ、ドラムだ、リズムだ、アフリカを見せるのだ、というパワーが充ち満ちている。

アフリカ音楽の歴史をストーリーにしたミュージカルが終わった。スタンディングオベーションになってしまった、ミュージカルでは珍しい。ストーリーの主役となったマンデラさんを品良く力強く太らせたようなコメンテーターが客席を驚いたように見回す「何でこんなに受けちゃったんだろう?」 ヴェナ・ビスタ・ソシアルクラブのカーネギーホール公演みたい。

若者から老年までこんなに幅広い観客層も珍しい。今度は客席が大喜びの一つの塊となり、舞台ではメインテーマの追加演奏が始まった、クリエーターの誘いで観客がドッと舞台に上り、ダンスの饗宴になってしまった。よく見ると観客のダンスもほとんどが様になっているではないか、たいしたものだ。裏側のバンドはとうとう最後まで表に出てこなかった。

この日の講演は日本の最後、クリエーターは「また東京に来る」と宣言し、感動の中に渋谷文化村はふけていった。7/4


ビールのあとの一本と一杯と孤独

札幌でのんびり夏休みを過ごしていたとき、近くの郵便貯金会館の中華が安くておいしいと言うので、皆で繰り出した。ビールのあと何にするかで、焼酎にしようとメニューを見たら「750円」。料理は安くておいしいのだが、この価格はずいぶん生意気だなと思ったが、取りあえず注文した。しばらくしたら一杯ではなく一本持ってきた、うれしかった〜〜〜!

仙台で、ホテル内のレストランがサービスが良いというので行ってみた。ビールのあと何にするかで、白ワインのデカンタにした。一本は飲めないし、一杯では少ないので。するとソムリエが、ワイン一本と、空のグラスとデカンタを持ってきた。ソムリエはコルクを抜き、グラスになみなみと注ぎ出すので「あ、あのー、デカンタ・・・」と言いかけたら「サービスサービス」とニコニコ、グラスにあふれるばかりに入れたあと、次はデカンタに入れ出した。これにもたっぷり入れたので、ボトルにはほとんど残っていなかった。うれしかった〜〜〜! 仙台に行ったらまたあのホテルに泊まろう。

福岡の居酒屋で、ビールのあとは、もちろん焼酎。20種類以上ある九州産焼酎は、どれも一本が二千円台で手頃。ところが、真ん中に一つだけ「一杯」となっているのがあって980円。これはどういうことだと近くにいたアルバイトに聞いたら「おいしいそうです」と自信無さそう。「どうやって飲むの?」と聞いても「さあ〜」なので、わかってるの呼んでこい!と、やさしく言ったら、店長がすっ飛んできて、絶賛する。飲み方は「ロックに決まってます」と胸を張る。こういう態度は大好きだ、「持ってこい!」とやさしく言った。

そのグラスがそっと置かれたとき、焼酎ではないと思った、琥珀色なのだ、ウイスキーの水割りと同じ。じっと観察してから店長を見たら、目が言っている「そうです、びっくりしたでしょう、いい色でしょう、焼酎とは思えないでしょう、スゴイダロー」。目をグラスに移し、そっと持ち上げようとしたら、もう一つのグラスがまた置かれた。「なんだ?」と、こちらも目で言ったら「チェイサーです」だと!

グラスを持ち上げて口に近づけると香りが「!」で、一口含むと「!!」、ワインのように転がすと「!!!」、ああ、こんな風にしか表現できない自分が情けない!

焼酎の名前は「百年の孤独」。皆さん、これで孤独を味わってみて下さい。03.6.27


米澤牛

山形県、米澤佐藤畜産の佐藤社長は、全国を駆け巡って良い子牛を購入し、天然記念物の昆虫が寄ってきてしまう米沢山麓最高環境の牛舎で飼育する。実にクリーンな牛舎で、臭みなど全く無く、客が行くと牛は人恋しくて寄って来る、丁寧に優しく育てている証拠だ。肥育仕上され、と畜場に出されたあと全てを買い戻して、自社の冷蔵庫で熟成され、併設する店舗と、外食や直接小売へのルートに販売されている。

ここの牛肉は、素直、素朴、ゆったり、豊かなフレーバー、芳純、それなのにさっぱり、といった言葉で表現できるだろうか。この牛肉は先日の全国駅弁ランキングで2位だかになった米沢駅の「牛肉どまんなか」のもの。

先日行った際、バーベキューパーティーをやろうということになった。夕方早めから社長宅の会場に入ると、熾(おこ)した炭火が既に落ち着いた状態になっていて、すぐにタンを丸ごとを乗せた。表面を焼くだけのタタキ調理。

スライスしたのを皿に乗せてから、超硬質ヒマラヤ塩の粗砕きを1メートル離れて投げかける、尺塩でなく三尺塩だ。大きなスライスを口に入れると、豊饒ジュースが口一杯に飛び跳ね、ヒマラヤの野性風味が味に拍車をかけた。

そこに出て来たのが、サーロインステーキ3枚。とはいっても、厚さ、いや高さ、いや長さ5センチほどにカットしたデッカイ固まり三つ。炭火から30センチほど上の網に乗せる。

30分ほど焼く間、何度もよだれを垂らしながらちょろちょろ見に行くと、更に腹が減ってきた。いよいよでき上がったのをどう切るかと思ったら、またもやスライスでなく、2センチの長さにカットして配給。厚さ5センチ、カット2センチ、長さ10センチほどの塊をかぶりと噛んだら、ビュッ、グチャッと、和牛のジュースが既にたっぷりと溜まっていた唾液と絡まって、口内は旨さの巨大倉庫と化した。03.6.15

米澤佐藤畜産 http://www.beko.co.jp/


キンキとワリカンの方法

岩手県一関のセミナー前泊で、希望者集まって居酒屋に行くことになった。7名が参加で、勘定はもちろんいつものワリカン。店に着いて玄関を入ったら素敵な炉端があり、炭が赤々と燃え、キンキの開きが3枚、カレイが5枚ばかり、竹串に刺され、炭を囲むように実に見事なレイアウトで焼かれている。近づいてよく見ると大きなキンキで、表面から肉汁がちょろちょろとしみ出し始め、そろそろ出来上がり寸前の状態、途端によだれもにじみ出てきた。

メニューを見ると、カレイは千円、その他の中級料理も大体千円、小さいつまみは500円前後といったところだが、キンキは当然高く、3000円。でも、あのキンキなら高くはない。しかしワリカンなので、一人だけ頼むと不公平になる。でも、あれは食べなければ一生後悔する。約1分じっと考えた。人間追いつめられると名案が浮かぶ、原稿の締め切り日と一緒だ。

「キンキを頼む人は、2000円余計に払うようにしよう、これなら公平だ」と発案し、審議が通った。キンキを頼んだのは私ともう一人の2名。

炭火がなぜおいしいか、遠火の強火だからだ、遠赤外線効果もある、骨まで柔らかく焼ける、等といいながら待つ間、最初にホヤが来た。口に入れたら、ホヤの香りが口いっぱいに爆発した、すごい、これでへたなホヤが食えなくなってしまった。

次から次に来る刺し身小料理全て素晴らしい、一ノ関なんてロクなところはないだろうと期待していなかったことを恥じ、東北の皆にごめんなさい、誤解していましたと白状した頃、いよいよキンキがジュージューと来た。

2000円余計に払うとは言っても、いつ横取りされるか分からないので、安全第一。まずは当然目の下頬っぺた部分をほじくる。透明な肉汁が弾けるので、取り出した肉片に絡めて口に入れたら天国に一気。自然はどうしてこんなに素晴らしいものを恵んでくれるのだろうか、海に万歳、キンキに感謝。

骨までかじり、焼酎二本を空け、外に出たら、初夏の風が吹き抜けていった。03.5.26

店は「一八」電話23-1886 一関市地主町1-18


ビールと餃子

都知事選挙で近くの小学校に行く途中、小さなラーメン屋があり、昼下がり、近所のおっさんが数人、餃子をつまみにビールを飲んでいた。混じりたかったが家内に「みっともない」といわれそうで我慢した。

2週間後、市長と市議会の選挙に行くときに覗いたら、また同じことをやっていた。また我慢して家に帰った、こんどはあこがれになってしまった。

3週間後、家内は伯母のところに泊まりに行って居ない。子供たちは朝から出かけた。だぁーれも居ない静かな日曜日。猛烈に餃子でビール飲みたくなり、実行は今日しかないと、小さな冒険を決心した。知り合いに見つからないように、吉祥寺の店にしよう。

時計を見たら9時で、まだやっていない。しかし朝飯を食べてしまっては味と楽しみが半減するので、まず床屋へ行き、井の頭公園をぶらぶらいってもまだ早い。本屋やパソコンショップを覗いて時間を潰すが、腹が減って足がもつれて来た。11時、吉祥寺ロンロンの下にある、小さな人気の店「小燕」の前に行き、回りに知りあいがいないのを確認して素早く飛び込んだ。客は一人いるだけ。

5個入り焼き餃子と中華風冷ややっこ、それにサッポロビールの中瓶を頼んだ。ここで地震でも来て食べられなくなったらどうしようと小さな心はドキドキする。ビールが来た、このあと本当に餃子が来たら夢がかなう。

姉さんが皿を持ってきた、いよいよ餃子だと思ったら冷ややっこだった。餃子は時間がかかるようだ。ビールは5℃ぐらい、冷たさが歯に凍みる。さっき居た客は帰ってしまった。客一人でも餃子は焼いてくれるのだろうか?厨房を覗きたいのだが、みっともない、藤原正彦さんのエッセイを読みながら待つ。

来た!本当に!震える箸先で一つをつまみ、タレをつけて半分かじる、カリッとした皮が割けて、中のジューシーな具が口内に転がり込み、カリ(皮)グチャ(具)トロ(脂肪)、美味い!中学の頃家でしょっちゅう食べていた餃子ライスが目に浮かび、ジ〜んと涙目になってしまった。ビールで流し込む。さっきの半分をまたかじる、ビール、繰り返し。ああしあわせ!

クラクラしてきた、昼前のビールは効く。時間は12時、客がどんどん入ってきた、繁盛している、良かった! ラーメンで仕上げをし、腹パンパンのペンギン状態でヨタヨタと帰り昼寝だ。夕方まで誰もいない、静かだろう。

ああ、ショージ君になった気分。03.512


浮気発覚時の行動

もう亡くなった私の師匠が、東北の旅館の一室で彼女といちゃついていたところに、突然どうしてか嗅ぎつけた奥さんが飛び込んできた。師匠は言った「ここにいるのはオレではない!」

彼氏の留守中の部屋に彼女が入って、家事片づけをしていたところに、彼氏は別の女と一緒に突然帰ってきた。彼女はびっくりして電気を消し、部屋の隅に丸まっていたが、当然彼氏は電気を点けた。驚き見つめあう三人が一瞬照らされた直後、彼氏は電気を消した、そして点けた、また消した、また点けた。電気を消したら彼女が消えないかと思ったのだ。

ホテルの部屋で彼女と寝ていたところに、浮気現場を探っていた奥様がホテルの従業員になりすまして部屋に入ってきた。怒鳴る奥方、恐怖の彼女。彼氏は言った「おまえにもこの幽霊が見えるのか?」

あなたならどんな行動をとりますか? 03.5.6


500万年前の塩

45億年前、地球が出来た。

40億年前、最初の生命のかけらが出現した。

35億年前、酸素を作る「ストロマトライト」が出現した。これは現在も西オーストラリア、パースの北900キロにある「シャークスベイ」で見ることが出来る。

長い時間の中で、オーストラリア大陸は次第に確立された。

西オーストラリアでは何億年も、海から内陸に向かう風が吹いおり、荒れる海の飛沫を内陸に運んでいた。その海水を含んだ風が、450キロ東の、まるで両手を広げて風を受け止めるような低い山脈に当たり、せき止められ、その下にあった浅い湖(さらに昔は川だった)に落ちて、沈殿し、塩とミネラルの濃縮スープ状になって溜まった。これが500万年前、人類の歴史のスタート時期だ。

数十キロ以内無人の隔絶された18×8キロメートルの塩の岩盤の上に雨水が溜まる雨期に行ったら、キャンプのスタッフが「雨期の中の数少ない晴天の日に一泊出来たらすごいよ」と言う。

真っ平らな白い世界の上に数センチの水が張っている。夜、ジープで塩湖の中央付近に行き、ライトを消すと、360度、地平線までの鏡に、全天の星が映る、宇宙が映る、天も地も全て星だ、宇宙の中にぽっかりと浮くのだ。

「そして、しばらく呆然としていると、月に向かって吠えたくなるのだ!」

危ない、気をつけなければ。

雨水による毛細管現象で、地下の濃縮スープエキスが数ヶ月にわたって表層に吸い出されたあと、乾季に入る。強烈な太陽光が水分を乾かし、ミネラルたっぷりの天然塩岩盤が広がる。この時期に行って気温を測ったら52℃だった。照りつける太陽の下、巨大な除雪車のような車が、表面2センチぐらいを削り取る「収穫」をしていた。

表面に浮き出てきた塩は500万年前のミネラルたっぷり、美味い。

これで料理をし、太古の地球と生命を考えながらオーストラリアワインを飲み始めると、40億年の時間旅行がスタートする。03.4.29

この塩の写真は以下にあります。

http://www.foodesign.net/salt-kaisetu.html


銀座四丁目の鯛茶漬け

日曜日休んじゃう高級デパート「和光」と「三越」「三愛」「日産ギャラリー」がある銀座四丁目は日本の商業の中心だ。このあたりでおいしいものを食べようと思ったらどこでも高いだろうと思ったらそうでもない。長年通っている「竹葉亭」は、日産ギャラリーから築地に向かって20メートルにあり、早めに行って二階座敷席の窓側を陣取る。

竹葉亭は鰻で有名で、昭和の前半に活躍した文人の美味い店エッセイにいろいろ出て来る。価格は安めの値ごろで、昔からの銀座のおいしさをしっかりと守ってくれている。先日も隣に「新橋」らしき素敵な和服の姉さん二人がさっと座り「熱かん二本と鰻重二つ」、遠くの席で銀座の会長さんらしき紳士が「ここの酒はうめぇ〜な〜」とやっていて、無くなりつつある威勢の良い江戸弁がここには集っていてうれしい。

目下の交差点では、銀座を楽しむ人々がゆったりと歩き、お上りさんがきょろきょろとぶつかりそうになり、海外からの観光客が写真を撮り、高級車が走り、向かいには「英国屋」が見える。和光の「カーンカーン」という時報が鳴った。

ねえさんが来たらすぐに「鯛茶漬けの鯛だけ」と「上新香」にビールを頼む。「鯛茶漬け」は、小さめに切った鯛の切り身に醤油と出汁ベースのいわゆる「ヅケ」を、ほかほかのご飯に乗せ、熱いほうじ茶をかけて鯛の表面が白く変わったところをホフホフとかっ込む。しかし、最初はご飯もほうじ茶もいらない、絶妙の鯛ヅケをつまみに飲み始める。上新香には季節によって山芋が入り、これがまた美味い!

熱燗に移り、和光の時報がまた鳴った。

だいぶ落ち着いたところで、次は「マグロ茶漬けのマグロだけ」で、これも同じコンセプト。さらに、鯛のかぶと焼き、家内がいると「なす田楽」などを頼み、腹が落ち着いてきたあたりで本命「鰻の白焼き」を山葵醤油で。この厚さと風味と柔らかさ、文人達が愛したのが良く分かる。

たそがれになり、銀座がきらきらと輝き、和光の時報がまたまた鳴った。

いよいよ限界が近くなってきた、締めはホントの「鯛茶漬け」。03.4.13


先斗町の巨大豚カツ

京都先斗町のいつもの料理店「河繁」で、量の問題から今までどうしても食べられなかったメニューが「特大豚カツ」4000円。今回は雅(みやび)な店に迷惑千万だろうが、大食おじさん4人で行くことになり、とうとう注文することが出来る。

まず「今日のメニュー」十品目ばかりぜぇーんぶを2つづつ、ただし「丸鍋」は4人分。丸鍋はスッポンの小鍋スープで、これだけは一人一つづつ息を殺して味わいたいからだ。

着々ノロノロぐだぐだとびっくり感動しながら食べ進み、飲み物はビール、熱かん、焼酎、そして赤ワインとつながり、いよいよ佳境に入った。大きなお盆を捧げてきたので来たかと思ったら豚カツソースで、ちょっと舐めてみたらこれがデミグラスソースタイプなのである。そして来た!

これは・・・廬山人タイプの大皿にどっしりと置かれた豚カツは、重さは1キロほどあるだろうか・・・ロースを大きくするために斜めにカットしてあるようだ、そして厚さというよりも高さは4センチほどある「豚カツ島」、マンハッタンだ。パン粉は細かい。この巨大切り身を箸で食べられるように厚さ4ミリぐらいにカット。衣と肉は剥がれていない、肉が縮んでいない証拠だ。これだけの豚カツを揚げるには、低温の油でゆっくりとロースとするように揚げるか、ブロックのままローストつまりローストポークを作った後切り身にして衣を付けて高温の油で表面を揚げる。これは前者。

震える箸の先を意識しながらデミグラスソースにちょっとつけて口に入れると、これは豚カツか、衣付きのローストポークか・・・。肉全体がふっくらと加熱されていて柔らかく、豚肉のおいしさ、水分が閉じこめられていて、噛むと肉汁がチュルチュルと口内に広がる。さらにしつこく噛んでいると、いつの間にか無くなり、腹に満足感が広がっていく。

雄大な豚カツ大陸をとうとう平らげ、仕上げは、鯛の骨からのダシ濃厚スープの「にゅう麺」、鯛スペアリブの肉だけほぐし入れ丼「鯛まぶし」、とろとろ「タンシチュー」、野菜の形全く残らずエキス充実「カレーライス」を回し食べ、先斗町の宵は、騒々しく、更けていった。03.3.31


大分空港の寿司

飛行場にあるレストランは仕方なく利用する程度なのだが、大分空港ターミナルビルの寿司は違う。何年か前の初夏、大分市内で城下カレイを食べたくて探したのだが、見つからず、あきらめかけたら「空港の寿司屋は美味いですよ、城下カレイもあるでしょう」という地獄に仏のような話を聞き、このときはまだ1階の小さな店に飛び込んでビロードのような舌触りの城下カレイにありついた。

先日、大分の仕事が4時半終了、東京発の飛行機は6時50分、抜群の空き時間、ホバークラフトで急ぎ空港へ行き、三階に倍のスペースになった海甲に入った。関鯖(せきあじ)は先ほど市内で活魚をご馳走になったので、まずは鯵にしたら、鯖のようにでかいのが数切れ置かれた。これが鯵か?!次はヒラメでどうしてこんなに滑らかな身なのだろうか。城下カレイが捕れるところは「お城の下で、陸からミネラルいっぱいの川が流れ込んでいる」からおいしい、と聞いていたのだが、実は違って、国東半島の方だかの海底から大量の地下水が湧いていて、ここで取れるのだそうだ、ヒラメも同じ。

大分焼酎でやりながら客を観察していると、私と同じようにつまみをじゃんじゃんとりながらやっているのは地元の企業の「旦那」二人のお得意さんで、大阪行きの便が出る直前に「 勘定!2で割って、それぞれ領収書!」なかなか合理的だ。出張前に美味い寿司を食おうという魂胆ありありで、さわやか。

主人の話を聞いたところ、本店は大分市内の高級な店だそうだ。数人のツアーやビジネスグループが予約をすることが多く、仕事が終わったら空港に早く行くというコースになっているそうだ。グループが一緒になって満席なんてこともあるという。

別府出身の人に海甲の話をしたらよく知っていて「大分空港に着いたら、帰りの時間に合わせて鯖の押し寿司を注文しておき、飛行機が飛びだしたらすぐに開けると、風味豊かな酢飯の香りが漂い出し、これはなんだ!という周りの客のジェラシーも味わいながらゆったりと食べるのが快感」03.3.3


いつものすし屋で焼酎の水割り氷を頼むと、氷屋さんの氷を出来るだけ丸く、ぎりぎりグラスに入るぐらい大きくしてくれる。大きいとなかなか溶けないので、焼酎の濃度が長くキープされる。これに鳥海山の天然水。水割りが美味しいと寿司が進む、寿司がおいしいと水割りが進む、そして目と頭がぼーっとしてくる。

氷屋さんの氷はうまい、それよりも天然の氷、山奥のきれいな川でとれた氷は最高だという、なぜか? 氷というのは面白い性質を持っていて、急速に凍らすと、不純物、ごみが中心に集まっていく。シャーベットのメーカーが製氷工場から購入する氷は、入荷するときに一つ一つ中心部をよく見て、ごみが入っていないかどうか検査をするのだ。製氷工場の氷は48時間かけて凍らせる。

天然の氷だが、ゆっくりと凍っていくと、今度は反対に不純物を押し出すのだ。山奥の川の氷は、秋からゆっくりと何週間もかけて凍っていく。この間に、不純物を外に押し出し、徐々にでき上がっていく氷は、天然の水だけの純粋なものになる、どんなに厚くても中心まで透明、空気も押し出す、だから硬い。おいしい水だけで出来た氷、だから美味い。塩も押し出すので、流氷をかじってもしょっぱくない。

昔の殿様は、富士山麓の氷を室(むろ)にいれて保存させ、夏になってから食べたという、ぜいたくなことをやっていたものだ、うらやましい。今でも天然氷を室で保管し、夏、かき氷を作っているところがあると聞いている。味わってみたい!

私が子供のころ、ごくたまに氷を食べにつれていってくれた、氷イチゴだ。じっくりと味わって食べた後、お袋が「・・・いる?」と言った。聞いたことの無い名前だったので、もう一つ氷が食べられると狂喜し「いる!」と言ったら、コップに入った生ぬるい水が出てきた。お袋は「お冷やいる?」といったのである。「お冷」が単なる水だと初めて知った。03.2.10


いつも行く超高品質居酒屋のカワハギ(馬づら)の肝は異常だ、硬いのだ。カワハギは、トロッとしている肝を醤油にざっと溶かして、切り身に付けて食べる。ところがここの肝はあまりにも鮮度がよいので崩れずに、プリンをカットする状態。そこでいつも悩む。この肝を、無理やりおさえ崩して醤油に溶かすか、肝だけを楽しむかとなる。そしてやっぱり肝だけを一口楽しんで、となり、食べた途端に決心は崩れ、肝だけをちまちまと味わい出す。そしてまた悩む、切り身に付ける肝が減っていくからだ。後ろ髪を引かれながら半分ほど楽しんだ後、肝は醤油に溶かしてしまうと食べる量が減ってしまうから切り身にちょこんと乗せ、醤油をわずかに付けて舌に乗せるのだ。先日もくにひろご夫妻と楽しんだ。

肝といえばあん肝だ。近くの魚のディスカウントストアに行くと、まるでドッグフードのようにパックしたのが数百円で置いてある。最近の人はこんな素晴らしいのを買わないで、料理屋で一桁高くなったのを食べるようだ。我が家の料理長はこれをしっかり買ってきて、酒と生姜をたっぷり使って料理する、うれしいねえ。

ドカッと盛られたあん肝をごっそり切り取り、ワサビ醤油で一気に口に入れると甘いフレーバーがいっぱいに広がる。良く冷やしたシャルドネをぐびりとやると口内は豪華絢爛驚愕ぶるぶる状態。そこに娘が熱い御飯を持ってきて、タラコ一本分ほどを「いい?」と一応仁義を切ってドサッと乗せ、箸でグヂャグヂャに崩して、醤油をたらりとかけて食べ始める。彼女の大好物「あん肝ご飯」。困ったもんだ。

目黒不動尊の入り口にある鰻屋には時々「八つ目鰻」が入荷する。体長20センチほどで、味が「全身肝!」なのだ。八つ目鰻にももちろん小さな肝があり、これは「肝の二乗」。鰻の肝が好きな人は、一度挑戦を。ただし、私は4回に一度ほどしか入荷に会ったことはない。03.1.28.


淡路島

たくさん捕れると「産地」になって、捕れたものほとんどが大都市マーケットに行って、地元にはロクなものは残らない。あまり捕れなければ「産地」にならない。その中間の中途半端で素敵なところが淡路島なのではないか?

京都の夏、淡路島からかなりのハモが京都に出荷される。したがってよい形のハモは淡路島には残らないのだが、小ハモは残り、地元の小料理屋などに回る。ある夏この話を聞き、小さな居酒屋に行ったらあったあった、うまいし安いしで三人前食べてしまった。

小料理屋に着いたらすぐ「タイかヒラメか?」どちらかを選べという。私としては料理はいろいろたくさん種類で量はそれぞれ少なめ、というコンセプトなのだが、どうも何か意味がありそうだ。「タイヤヒラメの舞い踊り」と言うから「タイ」といった。

まず出て来たのは、心臓の踊り食いで、ピコピコ動いているのを酢で食べる、珍味だ。次に肝が出て来て、香りよい。刺し身、薄造り、焼き物と続いていく「タイづくし」なのである。骨付きのままの焼き物をかじっていたら、尾びれに近い骨に小豆大のこぶがついているので「なんだこれは」と聞いたら「ああ、それ、ここら辺のタイにはみんなあるんですよ」という。鳴門の渦潮や、長崎の五島列島など、流れのきついところのタイにはこのこぶがあるのだそうだ。トレーサビリティーなんかしなくてもタイの場合は本場モノが骨でわかるのだ。最後はもちろん潮汁で仕上げ。

津名の北、薄暗い道路沿いのイタリアンレストランに行った。わびしく客は一人もいない。こんなところでイタリアンじゃ寂しい。今日のおすすめはイワシのトマト風パスタというので、さらに力が抜けてしまった。ワインを飲んだら結構いけるので、おかしいな?と思ったところにパスタ登場。恐る恐る口に入れたら、このイワシ、そこら辺のものではない。鮮度良く、風味たっぷり、トマトフレーバーに全然負けずにイワシの香りが元気いっぱいなのである。びっくりした〜!!

半分ほど食べたところで衝撃が収まったので、料理長に聞いた「こ、こ、このイワシは、どうして・・・」料理長は文句を言われたのかどうなのかわからないようなので、「どうしてこんな美味しいのかと聞いているんだ!」ともう一度言ったら「そこの前の浜で今朝捕れたのを持ってきたんですけど・・・」そこら辺のものがそこら辺のものではなかったのである。03.1.11


株式会社 フーズデザイン 加藤光夫