美味しいものを食べながら美味しいものの話をしているとき、話に出て来るのは、どこそこの蕎麦の歯ごたえと香りがどうした、どこそこの寿司屋は時間単位での熟成を考えていて特にヒラメの4時間の熟成後の刺し身の美味さはどうだ、タケノコ掘って40年の名人からもらった採れたてタケノコの刺し身の香りがどうだ、だれだれさんの干物の味はどうした、等々、ほとんど和食で、素材の美味しさに話の内容が傾いている。この話の中に、洋食の話はほとんど出てこないのだ。別に洋食がおいしくないといっているのではない、世界の美味しいものは共通なのだが、美味しいものの話に洋食はなかなか出てこないのだ、これははやり日本人だからとしみじみ考えるものである。
カレーにかくし味として味噌や醤油を使う人が多い、プロフェッショナルでもそうである。ソーセージの味付けでも同じで、醤油をわずかに使うと風味が出て味が落ち着く。ステーキに醤油のように直接和風味を使うだけでなく、洋食向けのかくし味としても和風味は定着している。先日レバーを医者から食べなさいといわれている貧血の女性が、どうしてもあの臭みが嫌で食べられないというので、簡単で絶対に食べられるレバーメニューを教えてあげた。まず、新鮮なレバーを買ってきて、それをフライドポテト程度のスティック状にカットをして、粉をまぶしてフライにする。ミディアムレアーぐらいに揚げたら、特製しかし簡単ソースを付けて食べるだけだ。ソースは、ケチャップ、辛子、それに醤油を混ぜるだけ。あとから連絡が来てとても喜んでくれた。
和風味は世界にもどんどん広がっている、寿司の国際的な拡大は日本の経済の拡大とともに広がってきた歴史が有るが、日本の経済がダメになってきても寿司はどんどん広がっている。アジア、ヨーロッパ、米国等では定番になっており、ブームになっている国もある。ニュージーランドのオークランドにしょっちゅう行っているころ、地元の人たちが行く小さな寿司屋に良く行っていたのだが、客はほとんどニュージーランド人なのだが、「いつもの」ように寿司をつまみ、グリーンティーを飲んでいた、価格も安い。クソ高くて不味い日本の大手航空会社系の日本食レストランには日本の団体客が強制的に送り込まれていた、ナニモシラナクテ、カワイソウニ。
そこで、逆も出来ないかをあるときオーストラリアでやってみた。羊肉のラムの調査でオーストラリアを旅していたときのこと、あるとんでもない田舎町で、ラムの試食とワインの試飲を一緒にする機会があったので、ラムのもも肉部分を天ぷらにしてみた。もも肉というのは赤身が多くてさっぱりとしているので、和風メニューとしてはたたき風にすると美味しいのだが、ここではオーストラリア人相手なので油で揚げたわけである。ソースは中国製のはっきりいって我々日本人にはちょっと違うなとわかるものだが、オーストラリア人にはわからない。それにやはり生姜を擦って放り込んだだけのものだ。
これを食べてオーストラリア人達は喜んだ、何しろただバーベキューで焼くだけで味は塩と胡椒のみという状態なので、彼らにとっては繊細な天ぷらのおいしさにびっくりしたのだ。「このソースは一体どうやって作るんだ?」という深刻な質問が殺到したので、「これはとても難しいからなかなか教えられない」と言ったらどんどん人が集まってきて、どうしても教えろ、ということになった。そこで「まず、醤油を買ってくる」みんなメモを始める「次に生姜を用意する」メモを走らせる音が聞こえる「次が大変で、生姜を擦って、醤油に入れる」さらにメモが走り、次の私のメッセージを真剣に待っているので「これで終わり」と言ったら大受けした。というわけで、オーストラリアの片田舎、シェパートンでは「ラムもも肉の天ぷら」が町の(村の)メニューに加わったわけである。
何を言いたいかというと、和風の食べ方の提案、そのためのソースや調味料の提案と提供、レシピの提案、販売促進での和風メニューの提案、和風の加工品の開発、といった企画を進めたらどうかということである。おいしい高品質の鶏肉を、そのまま丸ごとステーキにし、それに醤油をタラリとかけて食べたら、夢のようなおいしさ、となるのである。不味い鶏肉ではこうは行かない。高品質の肉を作っているのなら、素のおいしさをたっぷり味わうために、最も単純な和風味でどうぞ、ということになる。