O-157とHACCP

2013/05/19 17:58 に 松本リサ が投稿
O-157は、大腸菌の一つで、大腸の腸管(腸の中)にいる。だから、大腸のある動物にある、特に牛である。牛の中の0.2%に、O-157がいる、という厚生省の発表もある。この率は、日本の牛でも、米国の牛でも、同じだという。O-157は、1982年に米国で特定された、人間に食中毒を起こす病原性大腸菌である。それ以前にもいたのだろうが、わからず、特定されなかった。牛の中にいると、牛に何の危害ももたらさないが、人間に入ると、食中毒になる。
だからといって、食肉、あるいは牛肉だけが問題かというと、そんなことはない。牛肉を処理した水が媒体になったり、関係した人間が媒体にもなる。牧場の土からも派生するだろう。牛糞が入った土は、作物の肥料にもなり、そこから伝わることもあるだろう。いくらでも人間の口に入るルートは出て来る。
米国、カナダでは、数年前に、今回の日本のような大事故が起き、それに対応して、HACCPと言う、食品工場での、工程管理が導入され、徹底的にバクテリアコントロールがされている。HACCPとは(食品の危害分析重要管理点方式)と訳されているが、NASAの宇宙食の製造で開発された、最も安全な食品を作るシステムである。食品の作業工程で生じる微生物の付着や増殖などの危険を分析し、温度管理や、衛生面での防止策を行い、更に記録を取って監視をする手法である。

具体的にHACCPを最も単純な食品加工の例でもう少し説明をすると、キッチンに肉が入ってから、カットをして、調理をし、顧客に提供するまでを見てみる。今までの方法だと、肉の品質や脂肪の具合などを見て、合格ならば冷蔵庫に入れ、オーダーが来たらまな板でカットをして、グリドルなどで焼き、皿に乗せて、提供する。という作業だった。しかしこれでは、売るための手段だけで、安全に料理を顧客に提供することがかけている。
HACCPシステムでは、まず、肉が入った段階で、正常な状態の肉か、腐っていないかなどの一般的なチェックをし、更に、その肉の温度は、規定どおりか、たとえば4℃以下になっているかを肉中温度計を使ってチェックをする。米国のスーパーで、4℃以上になっていたら、トラックごとの返品を検討する、というところもある。この段階で、仕入れた肉が安全かどうかをチェックして、何度だったか、誰がチェックしたかを記録する。
次の段階は、冷蔵庫の温度と環境である。肉を入れる冷蔵庫の温度は、規定どおりになっているか。もし温度が高かったら、バクテリアの増殖率が高くなる。これを、定期的にチェックする。記録も残す。
肉をカットする段階では、まな板を消毒する。あるいは、消毒をしたまな板を使っているかをチェックする。包丁も同じである。更にキッチンのバクテリア環境はどうかも同じである。汚く、細菌がたくさんいるキッチンで肉をカットしたら、そこから食中毒が発生する。
調理の段階では、調理後肉中温度が規定どおりかをチェックする。たとえば、72℃で、2分間の加熱をしたかどうか、また、そのように調理できるようにマニュアルを作る。調理後、盛り付ける皿は、きれいかどうか、皿の洗浄システム、定期的に皿の上のバクテリアを検査する作業を義務づけ、記録を取る。
これがHACCPシステムの考え方、方法である。今までと違う点は、入荷から食べるまでの各段階で、安全のための方法を全てに渡って取り入れ、更に記録も取って、万一事故があった場合には記録を遡って、原因がすぐにわかるようにする。ということになる。単に料理を提供する、という考え方に、「安全に提供する」ということと「事故の場合の原因究明対策」を加えることになる。
この例の場合は、最も単純な例だが、食品の加工工程では、かなりの安全対策、記録方式が導入され、作業のフローチャートは、かなり複雑なものになる。しかし、各工程の一つ一つについては、単純な2つのことを守るだけである。温度や消毒などの決められた作業をマニュアルどおりにやる。そしてそれを記録する。の2つである。しかし、その前提に、なぜそのようなことをやるのか、という基本的考え方、危機意識を教育するのが最も重要なことである。

米国で93年1月、O-157で、600人の患者と4人の死者を出した事故は記憶に新しいが、この事故のあと、ジャックインザボックスでは、食品微生物学者のデビッド・ティノ氏を副社長として採用し、細菌汚染を25分の1に減らしている。
このために行った方法は、HACCPで、例えば、各工場で、15分に1回、O-157、サルモネラ菌は、4時間に1回の検査をする。抗体検査は一晩かかるが、結果が出るまでは出荷をしない、などの徹底した安全管理を行った。原料肉については、衛生管理に問題のある業者の十数社との契約を解除した。
この結果、千枚のパティにそれまでは5個の割合だったO-157が、0.2個まで減ったという。これらの検査にかかる費用は「1ポンドあたり、1セント以下」ということである。また、当然店のキッチンでの汚染管理まで徹底して行った。店でのHACCPシステムのチェックリストは2枚あり、衛生、消毒、掃除、温度管理など、あらゆる店段階での安全管理が行なわれている。そしてこれ以降、事故は起こっていないという。

これから、このO-157、あるいは他の微生物、ウイルスなどによる危険はどうなっていくかであるが、現在、原因の食材は何かで大変だが、事はそんなに単純なものではない。もちろん食材を突き止めることは重要だが、それよりもっと深い問題は、この危機は、一過性のものではなく、形を変えながらも、これからもずっと続く、ということである。
何でこんなものが出て来たのか、謎であるが、食品だけではないが、あらゆる環境のサイクルが狂っているのが、こういったものの原因ではないか、という見方が一般的である。O-157に関していえば、大腸菌の一部が変異したものだと考えられている。変異した原因は、人間にある。ザイールからエボラが出て、一時大騒ぎになったが、エボラは、アフリカの奥で、ひっそりといたのが、人間のジャングルへの進出で、人間界を襲ってきた。両方とも、一言でいえば「バクテリアの逆襲」である。食品の環境バランスが崩れているのである。

O-157の次は、サルモネラだといわれていたが、すでに九州で出ている。今後も色々な形で出て来るだろう。米国ではHACCP対応の食肉処理施設は、80%にも達するという。しかし、こういった対策をしているにもかかわらず、昨年も3人の子供が死亡し、16億円の訴訟になった。

この事態の根本的な原因は、4つあると考えられている。
  1. 肉が弱くなっている--経済効率中心の過保護的飼育で、地鶏とブロイラーの差のように、生命力が弱体化している
  2. 「土」が弱くなっていて、それに伴って草が弱くなっている、つまり飼料が弱くなっている
  3. 人間の免疫力が弱くなっている
  4. 微生物の、環境に対する抵抗力が増し、強くなっている
このことを考えると、一過性ではないことが理解できる。
そして、対応策はHACCPあるいは同様の考え方のシステムしかない。
米国ではHACCPシステムの構築、教育、トレーニングを行う機関、コンサルタントが数多くあり、インターネットでも公開されている。

日本では、どうしたらいいかだが、まず、この危機とHACCPシステムを理解すること。次に、教育からHACCPの実施までを行える企業に委託することである。これが一番早く、確実である。システムの構築から始まり、なぜHACCPが必要かを全従業員に理解させ、作業を分析して、HACCPの基本設計をし、洗浄や消毒の洗剤、薬品類を選定し、使い方をトレーニングし、記録シートを設計し、その企業とレベルにあったトータルシステムを、全従業員と構築するのである。そして、これができて、十分な実績があり、実行できる企業は、日本にもう既に出来ている。

柴田書店「月刊食堂」96/10月号原稿より
Comments