鮮度と熟成とおいしい居酒屋について

2013/05/24 16:45 に 松本リサ が投稿
一番おいしく食べられるときを言う。このタイミングが難しい。

肉で言うと、牛肉は腐る寸前がおいしい、というが、不衛生な状態で冷蔵庫にほうっておいたら、熟成どころか腐ってしまう。衛生的な冷蔵庫で3週間ぐらい寝かせておくとおいしくなる。熟成で出るおいしさを「旨味」という。

豚肉はどうかと言うと、一般的にはと畜後4日程度からおいしくなる。しかし、ある高品質なハム、ソーセージを作っているメーカーは、牛肉のように3週間熟成させた豚肉を使っている。豚肉の熟成と言うのは普通聞いたことが無いのだが、ここのメーカーのものはおいしい。東京のメーカーで「松金」という。

鶏肉はどうかと言うと、まったく違って、鮮度に近くなる。とはいっても、絞めた直後ではなく、12時間から24時間の間がいい。12時間までは肉が硬く、死後硬直が残っているからである。そして24時間あたりまでがおいしく、鮮度も良く、柔らかく食べられる状況になる。このあとどうなるかというと、衛生的な環境にあるならば、味や鮮度はかなりゆっくりと落ちていくが、不衛生だと、急激に品質が低下していく。

ところで、最近やっと認識されてきているラムはどうかと言うと、色が牛肉のように赤身なので、熟成は長く必要かというと、まったく逆で、鶏肉とおなじである。鮮度なのである。ラムをステーキにするために切り身にして、そのまますぐに調理をすると、実に香りのあるおいしさだが、もし切り身にしてから数日たってしまったら、臭みが出てしまう。マトン臭が出てしまうのである。これを著者は「ラムのマトン化」と呼んでいる。ラムは新鮮なものがおいしいのである。これを売る側が間違えているから、ラムは臭いものというイメージが出来てしまい、長い間日本でラムが売れなかったのである。

気軽に食べられなくなって長いが、鯨の肉はどうなのか。鯨の肉でもっともおいしい部分は尾の身だと誰でもいうのだが、昔捕鯨船にのっていた人に聞くと、そうではないという。捕った鯨の肉の赤身の部分、つまり価格の安い部位になるのだが、この部分を30センチ角ぐらいの大きなサイコロに切り、紐で結んで、捕鯨船の窓なり手すりからぶら下げておくのだそうだ。南氷洋の冷たい風の中に1月ほどぶら下げておく、つまり、無公害の塩を含んだ低温強風熟成だ。そして引き上げると、表面が真っ黒になっており、その表面を削って中の肉を食べると、「天国の味」なのだそうだ。こればかりは何カ月も船にのらないと味わえないので、著者は未経験だ。

魚ももちろん熟成だ。マグロは1週間、ヒラメは4時間、などと魚種によってさまざまのようだ。刺身の活きづくりだが、肉がこりこりして、おいしく感じるのかもしれないが、味が出ていないから、実はあまりうまいものではない。刺身になった魚の本体がまだぴくぴく動いているから、おいしそうに感じるだけである。ところが、この鮮度と熟成を一緒に満足する方法もある、活き絞めである。活き絞めをうまくやると、鮮度と熟成が一緒に得られる。この味を経験したかったら、魚の扱いを良く熟知している店か人のところにいけばいい。

では具体的にどこの店に行ったらいいか教えろといわれたら、著者は教えたくない。なぜならば、著者は、本当においしくて安い、というところしか行かないので、皆に教えてその店が混むようになると、常連客が迷惑をするからである。

家から歩いて行けるある居酒屋は、6時頃開店なのだが、著者は5時45分に入るようにしている。でないと座れないからだ。6時を過ぎたらあっという間にいっぱいになり、そのまま8時頃まで続き、落ち着いてからやっと入り口近くの常連客にのれんを出してもらうのである。

ここで空豆を頼むと、一人分をさやから出し、豆の端に切れ目を入れ、絶妙のタイミングに茹で上げ、おいしい塩がこれから染み込み出す前の状態で出てくる、鮮度抜群だ。2分ほど温度が下がって落ち着くのを待ってから、ゆっくりと、かみしめてしつこく旨さを味わうのである。それから活き絞めのホウボウなどを頼み、居酒屋の混乱の中で、ゆったりと夜が更けていくのだ。

最後の仕上げに、鮮度のいい鰯のすり身汁を頼むと、先ほど食べたホウボウの頭と骨が汁に入ってくる。涙が出るほど幸せだ。鮮度と熟成が一緒になっている店なのである。だから常連客は人に教えない。

「うふうふ」原稿1999年5月号より
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