豚肉の鮮度と熟成

2013/05/25 7:01 に 松本リサ が投稿
豚肉は、高品質のものを食材に使うようになってきた。競争が激しいものだから、素材のいいもの、安全なものを使って顧客を呼び込む方向になってきているのだ。高品質の豚肉では、黒豚や、安全性を目指したSPFポークが代表的なところだが、ここ数年で飼料を工夫したり、生産の環境をよくしたりして、品質のよい銘柄豚肉が出てきている。そんな中で、同じ高品質の豚肉でも、鮮度と熟成のメカニズムが複雑で、どのようにあつかったらいいのか、わからないところが出て来ている。

食肉というのは、ある程度の熟成が必要である。屠畜直後の肉は、死後硬直といって、肉はゴムのように堅い。これが時間がたつと、肉自らの酵素の効果などによって、柔らかく、風味豊かになっていく。牛肉ならば2〜3週間といったところだ。ところが、牛肉ははっきりわかっているのだが、豚肉はわからない面がかなりある。鮮度がいい方がいいのか、熟成がいいのか、熟成期間はどれぐらいいいのか、豚肉の 旨さのメカニズムがよくわからないのである。

著者はあるとき、ユーザーとSPFポークのチェックをしていて、屠畜後何日後ぐらいから肉がおいしくなるのかのテストをしてみたら、3日目ではまだ少し早く、4日目ぐらいからおいしくなる、という結論を出した。この「旨味が出る時期」というのは、その豚肉の品質、特徴にもよるし、温度などの管理状態、物流の状態などによっていろいろと変化をするものである。

この豚肉ではこのように結論をしたのであるが、この後、どのように変化をするのかのテストはしていなかった。豚肉だから、旨みが出てからは、どれくらいまでもたすというよりも、いかに早く売るかが重要だからである。ところが、長期間熟成をしているところがあり、これが実にいい味を出しているのである。

東京の練馬に「ぐるめくにひろ」というハム、ソーセージメーカーがある。ここでは生産者と密接にコミュニケーションを取り合って、非常に品質のいい豚肉を使っており、価格は高いのだが、その味には定評がある。加工品のコンクールのスラバクト国際コンクールで、94年に「無添加部門」で銀賞を取ったソーセージもある。この、銀賞を取った過程がおもしろい。というのは、製品を開発している過程で、肉の変化をみていると、どうもある程度熟成をした方がおいしいということがわかってきた。豚肉だから、あまり置いてはいけない、というのは常識なのだが、この豚肉はどうもそうではない、ということになり、次第に熟成期間を長くし、とうとう3週間程度が一番いい、ということになってしまった。その3週間熟成をした豚肉でコンクールに出したところ、銀賞を取ってしまったのである。

コンクールではかなりのチェック項目があり、そのうちの一つに「結着性」が入っている。この決着性も合格になっているのである。豚肉の結着性というのは、鮮度のいい状態でないとだめだというのが常識なのに、そうではなかったのである。このソーセージ、温めてからナイフでカットをすると、肉汁が本当に飛び出る、とてもジューシーなのである。

ここに「骨付きベーコン」を注文したら、出来るまで4週間かかった。顧客から注文を受けてから、豚肉を決め、熟成をし、炭火でスモークをする、という作り方だから、時間がかかるのである。熟成について聞いてみると、2週間でいい場合と、4週間以上もかかる場合があり、その豚の個体によっていろいろな場合があるということである。

ここの製品はレストランにも出しており、ある高級レストランでは、スモークの香りと、肉のフレーバー、それに出来上がりの味を出すために試行錯誤をした結果、生ソーセージに、スモークだけを素早くかけ、直ぐに冷凍をしてしまい、それを店に納品をするようにしたそうだ。店ではスチームで戻すと、調理仕立ての出来立てで、フレーバーも飛ばず、その上、オーダーが来てから作れる、というメリットがある。こんなことが出来るのも、高品質素材のおかげだろう。

とんかつ和幸で、以前、米国のSPFポークの使用を検討しているとき、冷凍だと肉汁が解凍時に出てしまい、ジューシーでなくなるし、重量も10%減ってしまうので、チルドをテストしてみたところ、価格の高い航空便よりも、低価格の船便の方が軟らかくてよかったということである。これも熟成の効果である。ただし、外食ではカットをした後早めに調理をするのでいいのだが、これと同じものをスーパーで小売りをするとうまくいかない。というのは、小売店舗で陳列をし、それを顧客が家まで持って帰り、さらに食べるまでに時間がかかることになってしまうので、最終的においしくなくなってしまうのである。店での陳列段階ですでにドリップが出てしまうことも多いようである。

次は、鮮度優先の例。神奈川に「中津ミート」という、全く無添加の加工肉を作っているところがある。ここで使っている豚肉は「温屠体」である。温屠体というのは、屠畜した豚肉を冷蔵庫で冷やさないで、まだ温かい状態のまま直ぐに脱骨をして肉にし、その肉を使ってハム、ソーセージを作る方法である。米国では「ホットボーニング」と呼んでいる。肉の鮮度がいいので、結着力が十分にあるために、普通の加工品に使う卵白、小麦、牛乳などの結着剤を使わないでいい。もちろんグルソーやリン酸塩も使わない、全く無添加で出来る。

住友商事が輸入を始めた米大手ソーセージメーカー、ジョンソンビルの生ソーセージは、屠畜から30分以内にひき肉にした新鮮な豚肉を原料にしているのが特徴。米工場で生産・トレー包装したあと冷凍して日本に輸出、店頭で解凍してチルドの状態で販売する。これも、温屠体豚肉使用である。

次は、中間の例。東京狭山にある「ララミーハム」では、栃木の生産者とタイアップして、高品質の豚肉の生産から加工までを一貫して行っている。生産した豚は、現地で屠畜しないで、生体で店の近くの屠畜場まで運んで屠畜をし、それを翌日には店に運ぶ。鮮度のいい肉が店にはいるわけだ。この後、ソーセージに加工する肉は、グラインダーに入る大きさにカットをしたりの下処理をした後、4日ぐらい冷蔵庫で熟成される。下処理後の熟成になるのである。

熟成を終えた肉は、朝6時から8時頃までの2時間でスモーク調理までされ、その日のうちに販売される。出来立てソーセージである。ここでは販売店併設なので、特に月に2回の土曜日には大がかりなセールが開かれ、そこで「朝づくりソーセージ」として販売され、人気である。ソーセージが最もおいしいのは、出来立てが一番いい。これを店でやるのである。つまり、鮮度のいい豚肉→下処理後熟成→朝づくりソーセージ、ということになる。

鮮度と熟成のバランスをとり、SPFポークにこだわった例は、厚木にある「厚木ハム」。ここの嶋崎さんは10年以上前からSPFポークの生産に情熱を傾けていて、現在は週の半分を宮城県の生産場、半分が神奈川県での販売である。1年ほど前から直売店をスタートし、SPFポーク素材の加工肉、味付け肉の、生産直販を行っている。自前の素材と、自店への直送、鮮度と熟成をバランスよく行い、「素材の味を重視した」加工品を作っている。

以前、ミンチのテストをいろいろとしていたとき、牛肉をグラインダーで挽くときの肉温は、マイナス3度程度がいいのだが、豚肉は0度がいい、という結果が出た。牛肉の温度は予想通りで、多くの専門家もわかっている。ところが、この豚肉が問題で、なぜこのように違うのか、なぜ豚肉は高いのかを、ある畜産関係の大学の教授に聞いたところ「そんなことはないはずだ」ということしか言ってくれなかった。しかし、現実には、この温度がいいのである。

このようなことが、豚肉の鮮度と熟成の関係にもどうもあるようである。今回ご紹介した例は、それぞれ鮮度、熟成は違うのだが、すべて高品質な製品になっている。これは、豚肉の品質、素材、個体、管理状態によっていろいろと違ってくるのだが、これからフードサービスでは、同じ豚肉でも、最もいい状態で顧客に出すか、そうでないかは、同じコストの肉を使うのだから、重要なことになる。同じ仕入れ価格の肉を、いかにおいしく出せるかが勝負である。そのためには、とにかくテストをしてみるしかない。


柴田書店「月刊食堂」98/5月号より
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