とんかつ用の豚肉

2013/05/25 16:50 に 松本リサ が投稿
とんかつ用の豚肉は、基本的に2つのコンセプトがある。一つは何の特徴も持っていないいわゆるレギュラーポークである。もう一つは何らかの特徴を持ったハイグレードポークである。特徴には2つあり、安全性をうたったものと、高級感を出したものがある。安全性では、SPFポークが代表で、高級感を出したものでは、黒豚を筆頭とする銘柄豚がある。
とんかつで伸びているのは、ハイグレードポークを使ったものである。景気が回復してきて、顧客は本当のいいものを欲しがっている。バブルの頃は、価格が高ければいい、といった感覚があったが、その後の不景気と、低価格の良さを経験したあとは、体にいいもの、そして美味しいもの、そして価格はそれに見あったものを欲するようになった。良くても無駄に高いものは買わない、しかし、価格が手ごろでいいものには、低価格のものとは区別して、気軽に金を出すようになってきた。最近のオーガニック食材のブームもその現れであろう。オーガニック食材については、流通ルートを短縮化するなど、無駄なコストを押さえる努力を、「価格破壊時代」に行ってきたおかげで、以前ならば導入できなかった価格の高さを押さえられるようになってきたのも、普及に拍車がかかってきた原因だろう。
狂牛病騒ぎの中で、牛肉メニューに影響の出た外食業もあった。小売業でも同じだった。しかし、牛肉の代わりに、小売業では豚肉が売れたところが多かった。この売れた豚肉はほとんどがハイグレードポークで、SPFポーク、黒豚、銘柄豚である。とんかつチェーン店でもSPFポークを導入して売り上げを伸ばしたところも多い。では、ハイグレードポークは、どのような状況で、これから導入する、あるいは改革するためには、どのような目で見たらいいのだろうか。

まず、SPFポークであるが、これには2つのものがある。一つは輸入物で、米国産である。もう一つは国産物である。とんかつチェーンでは「とんかつ和幸」の例が良く知られているように、米国産を導入するところが増えていている。なぜ米国産かというと、まず低価格ということがある。米国での豚肉生産コストは安い、肉豚の生産コストは、88〜90年の数字だが、100キロを生産するのに、日本は2万9729円に対して、米国では1万5072円、最終的な豚肉販売価格は、日本が2万7550円に対して、米国1万4263円である。単純に半分である。これは、土地や人件費の問題と、飼料の価格の違いがある。コーンなどの穀物は米国が産地だし、価格も安い、しかし、日本では、輸入に頼っているし、相場が高いうえに、物流費も大きくオンされている。そんなわけで、米国の豚肉は輸送費を計算に入れても十分に低価格で仕入れられるわけだ。
2番目は、指定の部位だけを輸入することが出来る点である。とんかつで使う部位は、ロースとヒレがほとんどである。豚肉全体に占めるロイン系部位のロースとヒレ(関西のヘレ)の比率は約19%しかない。国産のSPFポークの供給者に対して、ロイン系部位だけが欲しいと言っても、生産する豚のほとんどの量に対してロースとヒレだけが欲しいなどとなったら、対応できるわけが無い。ロースとヒレ以外のあとの部位8割方をどうしたらいいのかということになる。
このような場合、価格のバランスをとるために、ロースとヒレの価格を高くして、他の部位を安く売らなければならない穴埋めをすることになる。といっても、2割の部分で、残りの8割の損失を何とかするなどというのは無理がある。そこで品質が不安定になったりするトラブルが出て来ることになる。
この点で、米国産では、そのような問題はない、というのは、生産量の絶対的な量がまず違う。日本の95年の数字では、豚のと畜頭数は、1,599万頭で、米国の飼養頭数は94年に5,679万頭である。約4倍もの開きがある。加えて米国ではソーセージ、ベーコン、モモ肉を使ったハムなど、ロイン系以外を使った加工品が極めて多い。加工品は付加価値が付くし、これが売れるということは、相対的にロイン系の価格自体も安いものになる。米国から豚肉のロイン系だけを大量に日本に輸入するのは無理の無いことなのである。

米国のSPFは、低価格で、ロイン系だけを買える、となれば、国産物はどういったことになるかとなるが、国産は、「安心感」「高級感」という大きな価値を顧客に対して持っている。国産のSPFポークの種豚数は現在19万頭ぐらいで、この数字から年間の生産頭数を推計すると418万頭ぐらいになり、何と1/4がSPFになる。10年前には、SPFなど市場に定着するわけはない、などと言っている人が多かったが、この数字では、もう何も言えないだろう、立派に日本のマーケットに定着してきた。需要が拡大してくると、偽物が出て来る、偽物が出て来るということは、本物が市民権を得たということである。これに対して「日本SPF豚協会」では、農場の認定を進めており、認定シールなど顧客に直接わかる方法も進めている。このようなものを活用して、国産SPF豚肉を使ったとんかつを進めるのも一つの方法だろう。
SPFの良さは、安全性がうたい文句で、「O-157」が猛威を振るっている状況下で効果がある。だが良さはそれだけではない、調理の安心感もある。豚肉は「良く火を通さないと」となるが、火を通せば通すほど肉は硬くなるしジューシーさもなくなってくる。豚肉の調理で、最も美味しい調理後の肉中温度は63℃である。この温度は、これ以上加熱したら硬くなる、しかしこれ以下だとバクテリアの問題が出て来る、というものである。しかし、SPFは牛肉と同じようにタタキやステーキにしてもレアーで焼いて問題ない。現実にSPFポークをタタキで食べると、柔らかくて美味しいのだが、一般的には気持ち悪さがあって、無理がある。普通の豚肉をとんかつにする場合、生焼けクレームが怖いので、ある程度余分に火を通す、しかし、SPFでは心配ないので、恐怖無く最も美味しい温度に揚げることが出来、美味しいとんかつにすることが出来るのである。

高級感のある豚肉の代表は黒豚である。「鹿児島黒豚」などの高品質豚肉を使うことは、とんかつ専門店のステイタスでもある。銘柄豚は黒豚ばかりではなく、全国には多くの銘柄豚がある。最近の傾向として、「地域限定」がある。「地ビール」もその一つになった。「江戸前の魚」「姫路の蛸」「夕張メロン」「酒田の夏牡蛎」など、地方特産はいくらでもある。豚肉でも鹿児島ばかりではない、特に地方のとんかつ店では地元産の銘柄豚をどんどん活用すべきだ。

セーフガードについて

豚肉の輸入量が多すぎてセーフガードが発動され、豚肉の価格が上がっている。これを回避するために「豚肉調製品」の開発が急速に進んでいるが、とんかつでも出来る。とんかつ用の切り身肉に衣を付け、そのまま凍結して日本に持って来る方法である。これだとセーフガードの影響はなく、関税は23.3%である。
米国で生産して持ってくるためには、40フィートのコンテナー分の量が必要である。とんかつの場合は40トンぐらいの量ではないだろうか、衣付きで200グラムだったら20万枚分である。この量をオーダーできるならば、仕入れ価格安定のメリットはあるだろう。日本の豚肉価格の動向で、利益が出る出ないに神経を使うより、輸入リスクの方がよっぽと少ないかも知れない。あとは味と品質だが、しっかりとしたパッカーに依頼するならば、このリスクも少なくなるだろう。日本からもしょっちゅう製造のチェックに行くなど、きめ細かい付き合いが必要だが。

筋切り機の活用も

とんかつ用の肉を肉タタキでたたいて筋を切っている店がある。手間のかかる仕事だが、これを店の特徴にしているところも多い。この筋切りだが、肉タタキでたたくのはいいのだが、筋が切れるのと一緒に、肉の繊維も壊してしまい、ドリップも出てしまい、柔らかくはなったが、味もなくなった、といった状態のものも多い。
この筋切りは「ステーキマスター」という機械を使うとうまく行く。これはドライバーの刃のようなナイフで切り身肉を一瞬で切ってしまうもので、切り身肉を機械の上から落とすだけの作業ですむ。一度ですむが、2度、3度とやれば更に筋が切れる。肉を縦横1度づつかけたら完全だ。筋を「切る」ので、つぶしたりしないので、肉の繊維を壊さないために、美味しいとんかつになる。
この機械は米国の小売り用で良く使っているものだが、日本の一部の小売りでも使っている。小売りで効果はあるのだが、筋切りをしてから販売まで陳列ケースに置いておくので、その間にドリップが出て、うまく使いきれていないのが現状である。しかし、とんかつ店では筋切りをしてからすぐに揚げてしまうので、問題はない、置く場所も狭くていい。フライドチキンでも使っている。

柴田書店「月刊食堂」96/8月号より
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