トンカツを軟らかくする方法 1

2013/05/25 7:17 に 松本リサ が投稿
トンカツがブームで、チェーン店の出店や、新規参入も活発である。そんな中で、トンカツの命の一つは「軟らかさ」だ。豚肉の品質、肉質によって出来上がりのトンカツの軟らかさはある程度は左右されるが、かなりの要素は、肉質というよりも、調理方法、豚肉の扱い方などである。極端に言えば、最高級の豚肉を使っても扱い方や調理を間違えたら、硬いトンカツになってしまうのである。軟らかいトンカツにする条件、方法を述べてみる。


1.調理温度


O-157、その他病原性の菌を死滅するために、調理温度を72〜75℃に持っていくことは、最近の調理の常識になっている。調理温度というのは、安全にするためと同時に、軟らかくするのとの複雑な問題を秘めている。

75℃に正確に加熱すれば、安全性とジューシーさを両立することが出来る、しかし実際には危険を嫌ってこれよりも高い温度になっているのが一般的のようだ。トンカツを揚げるのに、75℃以上に温度が高くなるごとに、肉は硬くなり、ジューシーさは無くなり、重量も減っていく。HACCPを導入しだしている調理施設が次第に多くなり、調理後の肉中温度を記録しているところが多くなってきたが、そんなある給食施設のデータを先日見たら、90〜95℃ぐらいの温度まで加熱してしまう傾向のようだ。

調理温度とバクテリアなどの関係を詳しく見てみると以下のようになっている。


   75 1分以上で細菌完全に死滅(厚生省、都立衛生研究所)

   72 コンベアオーブン、スチーマーなど、機械調理での一般的調理肉中温度

   70 細菌死滅のための安全温度(都立衛生研究所)

   68.3 O-157、8秒で死滅(米国でのデータ)

   65.5 O-157、32秒で死滅(米国でのデータ)

   63.3 ハム、ソーセージなどの食肉加工製品、この温度で30分

   62.7 O-157、2分07秒で死滅(米国でのデータ)

   60.0 O-157、8分20秒で死滅(米国でのデータ)

   58 一般的な薫煙温度

   42 病原性大腸菌の増殖、この温度まで非常に早い

   40 食肉の屠畜直後はこの温度近くある

   30 病原性大腸菌の増殖、非常に早くなりはじめる


これを見ると、もし、正確に調理温度をコントロールできるのならば、70℃でいいことになる。75℃よりも5℃も低いこの温度に、ほとんど誤差無く調理できたら、よりジューシーで、軟らかいトンカツが出来ることになる。そのための方法は、超ベテランが必ず行うか、機械のシステムを導入するかである。チェーン店で超ベテランが各店にいつもいるわけにいかないので、それならば機械によるシステムということになる。

機械のシステムというのは、油温と、揚げる時間をコントロールできるコンピュータ付きのフライヤーを導入することである。この場合、一度に入れるトンカツの枚数によって揚げる時間が違ってくるので、それをボタンでコントロールできるようにすることだ。例えば、油温はいつも同じで、トンカツを1枚入れるには、「1」番のボタンを押す、3枚なら「3」のボタンを押す、そうすれば、押したボタンによって揚げる時間が決まり、決められた時間揚げたら、機械が自動的にトンカツを油から上げる、というようセットするのである。これならば失敗はない。

このようなことの出来るフライヤーは、いくつかのメーカーから出ているので、その機能を見てみたらいい。又、チェーン店では、各店舗での温度を、事前の連絡無しに、いつもの状態で何度になっているのかを、一度調べてみたらいい。実態がわかる。個人差もかなりあるはずだ。そのうえでオートのフライヤーを検討したらどうだろうか。


2.熟成


トンカツだけでなく、豚肉は屠畜後どのくらいから美味しくなるのかをテストしたことがある。肉は屠畜直後は死後硬直をしているので、すぐに食べるとゴムの様に硬く、美味しくない。ある程度時間が経ったほうが旨味が出て、美味しくなる。これは時間が経つと、肉自らが持つ酵素が働き、肉の繊維をつないでいる鎖が切るような状態に次第になっていき、同時に肉の旨味が出てくるからである。

どれくらい置いておくと美味しくなるかは、肉を置いておく冷蔵庫の温度によって違ってくる。目安として、0℃に入れておくと、牛肉ならば2〜3週間で、鶏肉は屠畜後12〜24時間と早い。

では豚肉はというと、これが一番むずかしい、豚肉の種類によって違ったり、保管状態、物流状態によって大分違ってきてしまうからある。というのは豚肉は数日間という中途半端な期間だからである。この数日間に、屠畜後の冷蔵、その後部位別にカットをして、また冷蔵、その後地域別の物流センターに移動して保管、その後店に配送して、店の冷蔵庫での保管、といった具合に、目まぐるしく動かされるし、温度環境も何度も変わってしまうので、熟成が落ち着いて、同じ状態で出来ないのである。牛肉ならば2〜3週間、じっと動かさずにおいておけばいいし、鶏肉ならば出来るだけ早く食べるようにすればちょうど良くなるのに。

先日黒豚の採用テストをしていて、その豚肉の物流状態において、屠畜の何日後から美味しくなるのかの感応テストをしたら、3日目ではまだ少し早く、4日目から美味しくなる、ということがわかった。これはこの豚肉の物流状態でのことなので、他の豚肉でも同じになるかどうかはわからない。

そしてここからが問題なのだが、この後置いておくとどんどん肉は軟らかくなっていくのだが、鮮度は落ちていく。鮮度が落ちる原因は、時間だが、もう一つ、バクテリアがある。生産や物流段階でバクテリアが多く付いてしまうと、鮮度が落ちるのが早くなる。バクテリアが少ないと、熟成を進めながら、鮮度をあまり落さないで、軟らかくすることが出来る。


このことで面白い話がある、十数年前に海外から冷凍の豚肉が入ってきたころ、ひそかに流行った解凍方法があった。それは、凍結した豚肉を、新聞紙できっちりと空気を入れないようにして巻き、そのうえからロース肉一本につきコップ1杯程度の水を均一にかけて、冷蔵庫で2〜5日かけてゆっくりと解凍するのである。これで解凍した豚肉は、味も逃げないで、実に軟らかい。

どうしてこうなるのかであるが、普通にじっくりと解凍をすると軟らかくはなるが、バクテリアの影響で、鮮度も味も落ちてしまう。しかし、新聞紙を巻いて水をかけることで、濡れた新聞紙が肉に圧着しているので、肉が乾かず、バクテリアのコントロールもうまく出来るようなのである。バクテリアを増やさないのか、外からのバクテリアを肉に付着させないのか、科学的なデータは全くないのだが、どうも新聞紙の紙のパルプか、インクか、その両方かがうまく働くようなのである。

あるとき普通の会議室でセットをしたあと、忘れてしまい、室温(冬だったが)のまま数日放っておいたのが見つかり、捨てないで一応見てみたら、実にうまく、軟らかく仕上っていたことがあった。


こんな原始的な方法は、いまの安全管理ではとても出来そうにないが、この熟成で、トンカツが軟らかく出来ているところもある。それはあるトンカツチェーンであるが、米国からの豚肉の、船便のチルドをテストしてみたところから始まった。

米国産のSPFポークを使うのに、最初は冷凍品を使ってみたのだが、ドリップが10%程度出てしまい、味が抜けるし、硬くなってしまう。そこで航空便のチルドを使ってみたら、うまく行った、ドリップも出ないし、軟らかさもある。しかしながら、コストが高く、合わない。

そこで船便ならばコスト的には何とかなるというので、「どうせ鮮度が落ちてしまってダメだろう」と予想しつつもサンプルをとってみたら、実に軟らかいトンカツが出来た。ドリップも出ないし、味もいい。船便で来るチルドは店に着くまで屠畜後25日程度かかってしまう、それにもかかわらず、肉に問題がないどころか、非常にいい状態だったのは、船でゆっくりと運ばれてくる間に、いい状態で熟成をしたからである。

米国の屠畜処理と、その後の物流の温度管理は非常にいい状態になっている。肉の凍る温度はマイナス1.7℃程度なので、船のチルドでは、-1〜0℃の間ぐらいにコントロールするのがベストなのだが、それがほぼ完ぺきにできている。HACCPの徹底によって、屠畜処理を始め、すべての過程でのバクテリアコントロールもしっかりとしているので、バクテリアを増やさずに熟成が出来ていたのである。


このような状態で日本に着いたチルドポークは、店でカットをしたあと、すぐにトンカツにするとうまく行く。しかし、カットをしてから時間が経つとだめになる。というのは、たとえベストの状態で店まで来ているといっても、熟成の最終段階近くまで来ているので、カットをして、すぐに食べるなら最高なのだが、切り身にして時間が経ったら、ドリップが出てしまい、鮮度も一気に落ちていってしまう。

実際にこの状態と同じ豚肉をあるスーパーマーケットが販売したら、うまくいかなかった。このスーパーマーケットでの販売は、通関後パッケージセンターに行き、そこで一時保管されたあと、スライスや切り身にしてトレイに入れて小売りパックされ、それが店に運ばれ、陳列ケースで小売りされるのである。これを顧客が購入し、家庭である程度冷蔵庫に置かれてから調理させる、ということになってしまう。こうなると、この豚肉は売場の陳列段階で既に鮮度が落ちてしまい、売り上げも上がらなかったのである。フードサービスで、使用する量がある程度予測でき、過剰在庫がないようにでき、通関後最も早く店でカットをしてすぐに調理できる環境だからこそ、軟らかいトンカツが出来るのである。

柴田書店「月刊食堂」98/1月号より
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