安いバラ肉を高く売る方法

2013/05/23 18:31 に 松本リサ が投稿
「吉原」と聞いて、ノスタルジックになる世代なら、相当のお歳で、私はもちろん違う。私は、吉原も赤線も知らない世代だが、歴史は知っている。その吉原に必要だったものは、美味しい店である。

吉原、正確には台東区日本堤に「中江」という桜鍋料理屋がある。正真正銘の老舗で、吉原の顧客が必要とするおいしい馬肉料理だ。昨年始めて行き、玄関を入ったら、下足番のおじさんが胸を張って「いらっしゃいませ」という。今どき下足番のおじさんがいる店があるなんてびっくりしたが、ハンテンを着て、誇りをもって仕事をしている。こういうのを見ると嬉しくなる。

桜鍋というのは、馬肉を鍋にすると桜色になるところから来た、と聞いた。ということで、桜の季節にまた訪れた。歴史はちょうど百年。もちろん古い建物で、ガーン、ガーンとなった柱時計は「八十年間」動いているという。

二階の宴会用座敷に上がる階段は急角度なのに幅は広い。欄間も見事。ここに二枚の菊正宗の美人画ポスターがあり、たまたま訪れた菊正宗の偉い方が見て、ぜひ譲って欲しいと言われたが、もちろんお断り。「見に、食べに来て下さい」というところだろう。

馬肉の部位別ランキングというのは、一般的には、ヒレ(ヘレ)、ロース、そしてバラ肉の順だが、この店の価格とコメントは以下の通り、

 

・ロース:1,700円:いちばん桜肉らしさを楽しめる肉です

・バラ:2,400円:コラーゲンたっぷりの脂身の多い肉です

・ヒレ:2,500円:鉄分と良質のたんぱく質が豊富で、やわらかく、お子様やお年寄りにもぴったり

・霜降り:3,600円:貴重な幻の肉です。他では食べられません

 

ということで、ロースよりもバラの方が高いのだ。

ロース、バラ、ヒレ肉は、軽い重量の馬で、これが一般的な馬肉なのだが、霜降りとあるのは、重量馬で、サシが入っている。

料理は、刺し身、桜鍋、ステーキなどがあり、桜鍋用に野菜を盛り付けた「ザク」がある。

さて、桜鍋だが、二人で1つの小さな鉄鍋に入ったまま持ってくる。6人だと3枚の鍋が来るわけだ。置かれると分かるのだが、スライスした肉が盛り付けてあり、中央が盛り上がっている。これは肉を盛り上げてるのではなく、中央の肉の下に独特の合わせ味噌が置かれているのである。火をつけ、温まってきたら、加熱しすぎないうち、ミディアムかミディアムレア程度で、その味噌をちょっと絡めて食べると、軟らかい馬肉とよくあって、実に素晴らしい料理になるのである。

鍋が小さいので、すぐに火を最小か止め、ちびちびぐずぐずと一切れづつ食べていくと、残りの肉と、適当に残った味噌とスープがミックスされ、適性濃度のタレになる頃、野菜盛り付け皿「ザク」から野菜を鍋に入れ込んで、おいしくなったタレ味で野菜を煮て食べるわけである。

ここでバラ肉がこの店でなぜ高いのかの話になる。実はこの「中江」に行く数日前、馬肉の生産とカット、パッケージまでやっている会津若松の会社にいったのだが、なぜ馬にのバラが高く「中江」で売っているのかが、会津の社長は分からなかった。もしバラ肉が高く、それもロースよりも高く売れるなんてことがあるのなら、大変なことなのである。

「中江」に戻るが、ここの桜鍋では、ロースとバラのセット、あるいはヒレとバラセットといった形で、ミックスした鍋にする。なぜかといえば、桜鍋の後半、野菜を入れるころになると、脂肪があったほうが当然美味しい。そこで、バラ肉とのセット鍋になるのである。

盛り合わせた鍋は、下の方にバラ肉、上のすぐ食べる部分にロースやヒレを入れてあるのである。「中江」の説明にこの脂肪を「少しカリカリになった脂身は、まるでヒラメの縁側のよう」との記述がある。憎らしい表現だなー。

歴史的にこうなってきたのだろうが、馬肉を販売する側においては、安くしか評価してくれていないバラ肉を、このような料理の方法によって、高く売ることが出来るなんて、夢のような話である。これによって、重量比率が少ないロースやヒレ肉とのバランスがとれることにもなるではないか。

野菜を入れ、脂肪も適当に入った後半の桜鍋は、前半の味とがらりと変わってくる。二度も十分に楽しめるのだ。ここでぐだぐだ飲んでいる私の横で「ご飯」という声が出た。そうだ、ご飯なのである。ご飯にこの後半の残り鍋をかけて食べたい!

女将にどうしたらいちばんいいか聞いたら、よく聞いてくれたとばかり、早速実演。肉、脂、野菜、味噌でたっぷり濃く美味しくなった鍋の残りに、残った野菜を全部放り込み、前半で使っていたタレ味がしみ込んだ生卵の残りも入れ、短時間だけぐらっと煮た。すぐに火を止めたので、卵は半熟状態。どこかで見たことがある、そうだ、親子丼だ、カツ丼だ!

これを、あっついご飯の上に乗せるのだが、でかい丼に乗せてしまうような野暮なことはしない。おひつにたっぷりの御飯を持って来てくれて、各自には小さな茶わん。ご飯を茶わんに半分程度入れ、最も美味しいバランス量を鍋から移し乗せて食べるのだ。

少しずつこれをやるので、白いご飯の香りと、残り鍋の味がある程度分離した状態で口の中に入り、両方を楽しみながら、よく噛んでいくと、しっかり絡み合い、またもう一つの美味しさを口内で味わえるのである。ずーっとこのままだと幸福なのだが、自然と胃袋の方に行ってしまうので、再びご飯と残り鍋をよそうのだ。

この原稿を書いていたら、腹が減ってしまった、今日は早めに夕食にしよう。

実はもう一つ工夫がある。「桜肉中おち」380円:あとご飯の溶き玉子に入れると、さらに旨みが増します、とあるのだ。スジから削った中落ちを入れるのである。これたくさん欲しいと言ったら女将は「一人1つだけ」だそうだ、そうだろうなー。

食肉の仕事をしている人は、料理で部位のバランスをとることを考えてみませんか?

「中江」、流行ってます。

桜鍋「中江」台東区日本堤1-9-2.3872-5398

http://www.nakaerou.com/~sakuranabe/
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